第三十五話「船上の日常」
雷牙号の甲板に、ブレイドの面々が整列していた。
「ようこそ、雷牙号へ」
ガラン・ベルが、いつもとは違う真面目な顔で挨拶した。
「俺がこの船の船長、ガラン・ベルだ」
船員たちも並んでいる。モニカ、トム、ジャック、アザリア、アティ。皆、興味深そうにブレイドの若者たちを見ていた。
「こっちが俺の船員たちだ。モニカはメカニック、トムは機関士、ジャックは砲手......」
一通り紹介が終わると、ガランは船員たちに手を振った。
「よし、持ち場に戻れ」
船員たちが散っていくと、ガランの表情が一変した。厳しい目で、ブレイドの面々を見つめる。
「さて、最初に言っておく」
声のトーンが低くなった。
「この船の中では、お前らの背景は関係ねえ」
セラフィナが眉をひそめたが、ガランは構わず続けた。
「四大家だろうが、皇帝推薦だろうが、俺には関係ない。ここでは全員、ただの乗客だ」
「しかし——」
エリスが何か言いかけたが、ガランは手を上げて制した。
「クルーに敬意を払えねえ奴は、即刻降りてもらう。いいな?」
重い沈黙が流れた。
「それと」
ガランは腕を組んだ。
「船の中では、船長である俺の指示は絶対だ。軍の階級も、家の格も関係ねえ。命令に従えないなら、今すぐ降りろ」
ディアスが苦笑いを浮かべた。
「分かった、船長。お前の船だ、お前のルールに従う」
「賢明だな」
ガランは満足そうに頷いた。
「じゃあ、部屋を案内する。ついて来い」
各自に個室が与えられた。狭いが、清潔で快適だ。
荷物を置いて船内を歩いていると、ニーナはレイと出くわした。
「よう、ニーナ」
レイが気さくに声をかけてきた。
「暇?」
「まあ、そうですね」
「俺もだ。正直、ちょっと肩身が狭かったんだよな」
レイは頭を掻いた。
「平民出身は俺だけだし」
「私も」
ニーナは肩をすくめた。孤児院育ちなんて、もっと酷い。
「そうだ、船員たちと話してこようぜ」
レイの提案で、二人は食堂に向かった。
そこでは、船員たちがカードゲームをしていた。
「お、嬢ちゃん!」
トムが手を振った。
「また会ったな」
「トムさん、ジャックさん」
ニーナが笑顔で応えると、モニカも顔を出した。
「ニーナ!久しぶり!」
「モニカ!」
女同士、すぐに打ち解ける。
「一緒にやるか?」
ジャックがカードを示した。
「いいですね」
レイも興味深そうに座った。
「お、兄ちゃんも一緒か」
「レイです。よろしく」
すぐにゲームが始まった。船員たちは遠慮なく、ブレイドの二人も普通に楽しんでいる。
「なんつーか、お家柄?ってやつ?」
レイがカードを切りながら愚痴った。
「メルベル様の推薦で入ったはいいけどさあ、元の部隊に戻りたいって思ったこと、何回もあるね」
「分かります」
ニーナも頷いた。
「どいつもこいつも、お高く止まってるのよ」
レイは笑った。
「まあ、俺の態度が悪いからかな?いや、関係ないかも!」
そう言って、また新しい手を配る。
(こんな可愛い女の子の監視なんて、大歓迎だぜ)
レイは内心でにやけながら、ニーナを見た。金髪に赤い瞳。美少女だ。
「ニーナ、こっち来て」
モニカが手招きした。
「女子トークしましょ」
「はーい」
ニーナが移動すると、レイは男たちと話し始めた。
一方、廊下では、セラフィナが不機嫌そうに立っていた。
「品がないわ」
食堂から聞こえてくる笑い声に、顔をしかめる。
「セラフィナ」
ディアスが後ろから声をかけた。
「何してる」
「別に」
「まだ任務は始まったばかりだ。そんな顔してたら、今から疲れるぞ」
ディアスは肩をすくめた。
「クルーと話でもしてこい。情報収集も任務のうちだ」
「......分かりました」
セラフィナは嫌そうな顔をしたが、仕方なく食堂とは別の部屋に向かった。
そこには、マルコとエリスがいた。
「あら、セラフィナ」
エリスが微笑んだ。
「どう?船は」
「狭くて、臭くて、最悪よ」
セラフィナは椅子に座った。
「でも、仕方ないわ。任務だもの」
「そうね」
エリスも苦笑いを浮かべた。
「でも、あの船長、意外と骨があるわ」
「ただの成り上がりでしょう」
「でも、ベオルブ家の——」
セラフィナが鋭い視線を向けたので、エリスは口を閉じた。
マルコが話題を変えた。
「それより、任務の詳細はまだ聞いてないよな」
「ええ」
「アジョラ様の隠れ家って、どんな場所なんだろう」
三人は顔を見合わせた。それぞれの家から、それぞれの指示を受けている。だが、今はまだ、カードを見せる時ではない。
夕方になり、ガランが全員を集めた。
「明日の朝、最初の目的地に着く」
地図を広げる。
「ここだ。北部の山岳地帯」
「隠れ家が?」
ディアスが聞いた。
「さあな。俺は運ぶだけだ」
ガランは肩をすくめた。
「詳しいことは、お前らの方が知ってるんだろ?」
誰も答えなかった。
「まあいい。とにかく、明日に備えて、今日は早く寝ろ」
解散後、レイは自室で報告書を書いていた。
『メルベル様へ。雷牙号に乗船。ニーナ・クロウは船員と親しくしている。特に異常なし。明日、北部山岳地帯へ』
短い報告。だが、これで十分だ。
(さて、明日から本番か)
レイは窓の外を見た。
雷牙号は、夜の空を静かに進んでいく。




