第三十四話「裏の思惑」
帝国軍司令部、大元帥執務室。
山積みの書類の前で、メルベル・イシュタルは頭を抱えていた。
「東征大陸の暴動鎮圧命令書......緑海大陸の独立派掃討作戦......塩化爆弾の解析報告......」
一つ一つが、帝国の命運を左右する重要案件だ。大元帥として、全てに目を通し、決裁を下さなければならない。
コンコン。
「入れ」
扉が開き、副隊長のレオンが入ってきた。
「隊長、報告があります」
「なんだ」
「例の件ですが......」
レオンは言いにくそうに続けた。
「ディアス小隊に、イシュタル家とベオルブ家から同時に命令が下ったようです」
メルベルは書類から顔を上げた。
「ほう」
「アジョラ様の隠れ家捜索任務だそうで」
「......やっぱりか」
メルベルは椅子の背にもたれた。予想はしていた。四大家が動き出すのは時間の問題だったのだ。
「止めますか?」
「いや」
メルベルは首を振った。
「どうせ止めても無駄だ。俺の母と、イナンナ様が直々に命じたんだろ?」
「はい」
「だったら、突っぱねるのは無理だ」
メルベルは苦笑いを浮かべた。自分は大元帥だが、母親には逆らえない。それが現実だ。
「それに」
彼は立ち上がった。
「この際だから、乗っかった方が楽かもしれん」
「隊長?」
「俺も隠れ家には興味がある。だが、見ての通り」
机の上の書類の山を指差す。
「植民地の暴動鎮圧、テロ対策、爆弾の追跡......仕事が山積みだ」
レオンも頷いた。ブレイド隊長としての業務も、実質的にレオンが代行している状態だ。メルベルは大元帥としての仕事で手一杯なのだ。
「だから、情報収集は部下に任せる」
メルベルは部屋の隅に立っていた男を見た。
「レイ」
「はい」
影から現れたのは、ディアス小隊のレイだった。
「お前に、特別任務を与える」
「特別任務ですか」
「ディアス小隊と共に雷牙号に乗れ。表向きは普通の隊員として」
メルベルは声を低めた。
「だが、実際は俺への報告役だ。隠れ家で何が見つかったか、他の家がどう動いているか、全て報告しろ」
「了解しました」
レイは深く頭を下げた。平民出身の彼にとって、メルベルは恩人だった。その命令なら、何でも従う。
「それと」
メルベルは続けた。
「ニーナ・クロウを見張れ」
「新人をですか?」
「あいつは面白い。だが、ちょっと訳ありかもな」
メルベルは窓の外を見た。
「金髪に赤い瞳。法力測定値八十。どう考えても普通じゃない」
「確かに」
「四大家の血が混じってる可能性もある。調べておけ」
「分かりました」
レイが退室すると、レオンが口を開いた。
「隊長、他にも手を打ってるんですか?」
「まあな」
メルベルはニヤリと笑った。
「ナブ家にも、ボム家にも、俺の息のかかった奴がいる」
「さすがです」
「四大家が隠れ家を巡って争うのは目に見えてる。だったら、全部に目を配っておいた方がいい」
メルベルは再び椅子に座った。
「俺の立場は微妙だ。実質的にはボム家の筆頭だが、血はイシュタル家」
「板挟みですね」
「そうだ。だから、どちらか一方に肩入れはできん」
メルベルは書類を手に取った。
「エンキドゥ殿......義理の父親だが、正直、父は俺とは縁がなくてね」
冷たい言い方だったが、事実だった。エンキドゥはメルベルを息子として扱ったことがない。
「むしろ、母親の方が厄介だ」
エレシュキガル・イシュタル。実の母でありながら、政治的には対立することもある。
「まあ、今回はイシュタル家に乗っかるのが得策だろう」
メルベルは決断を下した。
「レオン、ディアス小隊の任務を正式に許可しろ」
「はい」
「ただし、要所要所で報告させろ。状況は常に把握しておく」
こうして、メルベルもまた、隠れ家争奪戦に参加することになった。
表向きは傍観者として。だが、実際は全てを見通す観察者として。
一方、雷牙号では、ガラン・ベルが頭を抱えていた。
「なんで俺の船が、こんなややこしい連中の乗り合いバスになってんだ......」
甲板には、ブレイドの制服を着た若者たちが集まっている。皆、どこか緊張した面持ちだ。
「船長」
モニカが近づいてきた。
「また面倒なことに?」
「ああ」
ガランは天を仰いだ。
「ベオルブ家の命令だ。断れるわけがねえ」
「でも、前回みたいに危険じゃないんでしょ?」
「さあな」
ガランは肩をすくめた。
「ブレイドが五人も乗るってことは、それなりにヤバい任務なんだろう」
船内では、ディアス小隊が集合していた。
「よし、全員揃ったな」
ディアスが確認する。
ニーナ、セラフィナ、レイ、マルコ、エリス。五人の若い隊員たちが、それぞれの思惑を胸に集まっていた。
「これより、特別任務を開始する」
ディアスの宣言と共に、雷牙号はエンジンを始動させた。




