第三十二話「新しい居場所」
ブレイドの宿舎は、一般兵舎とは別世界だった。
「すごい......」
ニーナは思わず呟いた。廊下には絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られている。まるで貴族の屋敷のようだ。
「驚いたか?」
ディアスが振り返った。
「これでも軍の施設なんだがな」
彼に案内されながら、ニーナは周りを見回した。すれ違う隊員たちの制服も、仕草も、どこか洗練されている。
「あの、ディアス小隊長」
「なんだ?」
「皆さん、どういう出身なんですか?」
ディアスは苦笑いを浮かべた。
「まあ、お前みたいな叩き上げは珍しいな」
彼は肩をすくめた。
「俺も含めて、大体はエリート出身だ。士官学校とか、名門の軍人家系とか」
「そうなんですか......」
「最近は元帥の意向で、実力主義になってきたがな。それでも、貴族出身者は多い」
ディアスは立ち止まり、ニーナを見た。
「俺はイシュタル家の分家出身だ。まあ、元帥の遠い親戚ってところかな」
「え、じゃあ......」
「お付きみたいなもんだ」
彼は自嘲的に笑った。
「実力もあるつもりだがな」
二人は歩き続けた。やがて、ディアスが真剣な表情になった。
「ニーナ、ちょっと注意がある」
「はい」
「他の連中は、お前が殿下の推薦で入ったことを、気に食わないかもしれない」
ニーナの表情が曇った。
「やっぱり......」
「まあ、さっきの格技で実力を見せつけたから、表立って文句を言う奴はいないだろうが」
ディアスは頭を掻いた。
「ここは、ちょっとややこしいんだ。四大家の関係とか、派閥とか」
「どこも同じです」
ニーナは肩をすくめた。孤児院でも、軍でも、人間関係の面倒さは変わらない。
「そうか。じゃあ、大丈夫そうだな」
ディアスは扉の前で立ち止まった。
「ここが俺の小隊の部屋だ。五人いる」
扉を開けると、中では隊員たちがくつろいでいた。
「おう、隊長」
一人の男が立ち上がった。二十代半ばで、がっしりとした体格をしている。
「新人を連れてきたぞ」
ディアスが言うと、全員の視線がニーナに集まった。
「ニーナ・クロウです。よろしくお願いします」
ニーナは敬礼した。
「俺はマルコ」
最初の男が名乗った。
「ナブ家の分家出身だ」
次に、細身の青年が手を上げた。
「レイだ。平民出身。お前と同じ叩き上げだから、仲良くしようぜ」
そして、女性が二人。
一人は、柔らかな雰囲気の女性だった。
「エリスよ。イシュタル家の遠縁。よろしくね」
もう一人は、明らかに高慢そうな美女だった。金髪を優雅に結い上げ、冷たい目でニーナを見つめている。
「セラフィナ・ベオルブ」
短く名乗っただけで、視線をそらした。
(ベオルブ家......)
ニーナは内心で身構えた。四大家の一つ。しかも、その本家の名を名乗っている。
「まあ、座れ」
ディアスが椅子を勧めた。
「これから同じ小隊だ。仲良くやってくれ」
「へえ、測定値八十だって?」
マルコが興味深そうに聞いてきた。
「本当かよ」
「まあ、そうらしいです」
ニーナは曖昧に答えた。
「すごいじゃない」
エリスが微笑んだ。
「私なんて三十五よ」
「俺は四十だ」
レイも言った。
「お前の半分か。参ったな」
セラフィナだけは、黙っていた。だが、その目には明らかな敵意があった。
「それより」
彼女が口を開いた。
「皇帝陛下の推薦だそうね」
空気が凍った。
「はい」
「どういう関係?」
セラフィナの声は冷たかった。
「ただの護衛です」
「護衛?二等整備兵が?」
「たまたま、襲撃の時に居合わせて......」
「ふうん」
セラフィナは鼻で笑った。
「運が良かったのね」
「セラフィナ」
ディアスが注意したが、彼女は無視した。
「でも、ここはブレイドよ。運だけじゃ生き残れない」
「分かってます」
ニーナは真っ直ぐに見返した。
「だから、頑張ります」
セラフィナは立ち上がった。
「期待してるわ」
そう言い残して、部屋を出ていった。
気まずい沈黙が流れた。
「まあ、気にするな」
マルコが肩を叩いた。
「あいつはいつもああだ」
「ベオルブ家の直系だからな」
レイも苦笑いした。
「プライドが高いんだ」
「でも、実力はある」
エリスがフォローした。
「法力測定値は五十五。女性では相当なものよ」
「そうなんですか」
ニーナは複雑な気持ちだった。自分の八十という数値は、優れているのだろうが、初手から歓迎されていないのは少しつらい。
「とりあえず」
ディアスが立ち上がった。
「今日はここまでだ。明日から訓練が始まる」
「はい」
「部屋は隣だ。何かあったら呼べ」
ディアスに連れられて、ニーナは自分の部屋に入った。
個室だが、前の兵舎よりも遥かに広い。ベッドも机も、全てが上等だった。
「すごい部屋......」
思わず呟く。
「慣れろよ」
ディアスが笑った。
「お前はもう、ブレイドなんだから」
扉が閉まり、一人になった。
ニーナはベッドに腰を下ろした。
ブレイド隊員。皇室護衛隊。エリート中のエリート。
まだ実感が湧かない。
窓の外を見ると、エリドゥの街が夕日に染まっていた。
新しい生活が、始まろうとしていた。




