第三十一話「驚異の数値」
検査室は、消毒液の匂いが充満していた。
「はい、じっとして」
白衣の技師が、ニーナの腕に針を刺す。血液がゆっくりと試験管に吸い上げられていく。
「次は、こっちの装置に手を置いて」
言われるがままに、ニーナは金属の板に手を置いた。ビリビリと微弱な電流が流れる感覚。
(どうなるのかな......)
不安と期待が入り混じる。
十三歳で軍に入った時のことを思い出す。あの時の法力測定値は、確か八だった。エリート兵よりやや低い数値。それでも、三年かけて努力して、アーマーパイロットの見習いまで上り詰めた。整備兵としてだが、それなりに期待されていた立場だったのだ。
(でも、ブレイドは二十以上必要って聞いたことがある)
倍以上足りない計算だ。
(伍長はああ言ってたけど、ダメだったら恥ずかしいな......)
いや、でも仕方ない。自分の実力なのだから。
「検査終了です」
技師の声で、現実に引き戻された。
「結果は、あちらで」
別室では、メルベル、副長のレオン、そして小隊長のディアスが、検査結果を待っていた。
「どうだ?」
メルベルが技師から紙を受け取る。
数値を見た瞬間、三人の顔が凍りついた。
「......は?」
ディアスが目を擦った。
「八十?」
「故障じゃねえか?」
レオンが機械を確認しに行く。
「いや、正常だ」
「マジかよ」
メルベルがニヤリと笑った。
「俺も最初そう思って、二回やらせた。でも、同じ結果だ」
「八十って......」
ディアスが頭を抱えた。自分の法力測定値は三十五。エリート兵として誇りを持っていたが、この少女の半分以下だ。
「こりゃあ、普通の奴が何十人集まっても勝てねえわけだ」
メルベルが愉快そうに言った。
「隊長、八十といえば、四大家に匹敵しますよ」
レオンが興奮気味に言った。
「四大家の女性当主たちと同レベルってことです」
「でも、変だな」
ディアスが首を傾げた。
「記録では、十三歳の時は八だったんだろ?なんでこんなに」
「そりゃあ」
別の小隊長が口を挟んだ。
「十三歳と十六歳じゃ、女の体の成長具合も違うだろ。成長期ってやつだ」
「確かに」
レオンが頷いた。
「むしろ、あと四年もあれば、もっと伸びるかもしれん」
「百超えるかもな」
メルベルがニヤリとした。
「お前ら、将来の上司かもしれんぞ」
「勘弁してくれ」
小隊長たちが苦笑いを浮かべながら、天井を仰ぎ見た。十六歳の小娘に頭を下げる未来なんて、想像したくもない。
「学力はどうだ?」
「悪くない。むしろ良い方です」
技師が報告書を読み上げる。
「メカニックの知識も豊富です」
「よし、あとは格技の具合を見るか」
メルベルが周りを見回した。
「誰かやりたいか?」
全員が一斉に視線をそらした。
「いや、その......」
「俺は今日、腰が......」
「私も肩を痛めてまして......」
苦しい言い訳が飛び交う。訓練をほとんど受けていない新人なら、技術では勝てる。だが、法力測定値で倍以上の差がある。もし負けたら、部下たちの前で面目丸潰れだ。
「腰抜けどもが」
メルベルが立ち上がった。
「よし、じゃあ隊長の俺が直々に、新隊員の歓迎をしてやるか」
「隊長が!?」
レオンが慌てた。
「いくらなんでも、それは......」
「何だ?俺じゃ不満か?」
「そうじゃなくて、相手は十六歳の女の子ですよ」
「だから何だ」
メルベルはすでに上着を脱ぎ始めていた。
練習場に通されたニーナは、運動着に着替えさせられて、不安そうに立っていた。
周りには、ブレイドの隊員たちが集まっている。皆、興味深そうにこちらを見ていた。
そして、向かいから現れたのは——
「う、嘘でしょ......」
メルベル・イシュタル。戦場の化け物、鬼神と呼ばれる男が、同じような運動着を着て立っている。
「よーし、お前ら!新人の歓迎会だ!」
メルベルが叫ぶと、レオンが慌てて訂正した。
「まだ正式に決まってませんよ」
「細かいことはいいんだよ」
ニーナの顔が真っ青になった。
「あの......手加減は、してくれますよね?」
震え声で聞く。
「安心しろ」
メルベルが構えを取った。
「もちろん、十六の女に本気出すわけねえだろ」
レオンの合図で、試合が始まった。
次の瞬間、メルベルが消えた。
いや、消えたように見えるほど速く動いたのだ。
「!」
ニーナの本能が叫ぶ。慌てて身を捻ると、拳が頬を掠めて通り過ぎた。
拳が通った空気が、ビリビリと異様な音を立てる。まるで雷のような。
「おらあ!」
今度は蹴りが来た。ニーナは両腕でガードする。
ドンッ!
凄まじい衝撃。そのまま四メートルほど後ろに滑った。腕が痺れる。
「うわあ......」
「受け止めた......」
「まだ生きてる......」
観戦していた隊員たちが、青い顔で囁き合う。普通なら、あの一撃で病院送りだ。
ニーナも反撃に出た。法力を込めた蹴りを放つ。
メルベルは片手で受け止めたが、わずかに眉を上げた。
(おいおい、結構来るじゃねえか)
予想以上の威力だった。これなら、練習相手になる。
二人の攻防が続く。拳と蹴りが交錯し、床が軋む音が響く。
「もう十分だ!やめ!」
数十秒後、レオンが慌てて止めに入った。
これ以上続けたら、新人が壊れてしまう。
ニーナは膝をついた。全身があざだらけだ。特に腕と脚が酷い。痛みでうずくまる。
「はあ......はあ......」
荒い息をつきながら、それでも意識ははっきりしていた。
パチパチパチ。
拍手が起こった。
「いや〜、すごい奴が来たな」
「元帥と打ち合えるなんて」
「化け物じゃねえか」
隊員たちが口々に褒める。半分は本心、半分は恐怖だった。
メルベルも満足そうに頷いた。
「合格だ」
その一言で、ニーナの運命が決まった。
「え?」
「お前は今日から、ブレイドの一員だ」
周りから歓声が上がる。
「ようこそ、地獄へ」
ディアスが苦笑いを浮かべながら言った。
「これから毎日、こんな訓練が待ってるぞ」
ニーナは、痛みを忘れて呆然としていた。
自分が、ブレイド隊員に?
夢のような、悪夢のような、不思議な気分だった。




