第三十話「新たな道」
エリドゥ、帝国軍司令部。
「兄さん!」
ラムザが駆け寄ると、メルベルは珍しく顔をほころばせた。
「よく無事で戻った」
大きな手で、ラムザの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「もう、子供扱いしないでくれ」
ラムザが顔を赤らめて抗議するが、メルベルは構わない。
「爆弾を回収してきたんだってな。大したもんだ」
「運が良かっただけさ」
「運も実力のうちだ」
メルベルは弟の肩を叩いた。二十五歳の青年にとって、十三歳の弟は何より大切な存在だった。
「ところで、俺も忙しくてな」
メルベルが地図を広げた。
「アジョラ様の隠れ家を突き止めて、保護する部隊を編成してる。ブレイドの精鋭を使ってな」
「そうか......母上の遺産は、危険だから」
「ああ。敵がいたら排除する」
メルベルの目が鋭くなった。戦場での顔だ。
「そういえば」
ラムザが思い出したように言った。
「兄さん、頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「襲撃の時に助けてくれた兵士がいてね」
ラムザは、ニーナのことを話し始めた。最初の戦闘での活躍、雷牙号での珍道中、そして爆弾奪取での奮戦。
「へえ、女の整備兵が」
メルベルが興味深そうに眉を上げた。
「でも、本当に田舎者でさ」
ラムザは苦笑いを浮かべた。
「手づかみで飯を食うし、マナーも最悪。でも、根は真面目でいい奴なんだ」
「ほう」
「船での生活も、狭い部屋で過ごしたけど、なかなか刺激的だったよ」
「刺激的、ねえ」
メルベルがニヤニヤと笑った。
「お前、まさか」
「違う!そういうことじゃない!」
ラムザが慌てて否定する。
「じゃあ、気に入ったんなら、お前の秘書にでもすればいいだろ」
「だから、そういうことじゃないって!」
ラムザの顔が真っ赤になった。
「とにかく、兄さんのところで面倒を見てやってくれないか?」
「俺のところで?」
「ブレイドに入れてやってくれ。腕は確かだから」
メルベルは少し考えてから、肩をすくめた。
「まあ、かわいい弟の頼みだ。断る理由もねえな」
「ありがとう、兄さん」
「で、その田舎娘の名前は?」
「ニーナ・クロウ。帝国陸軍の二等整備兵だ」
「整備兵か......まあ、法力があるなら何とかなるだろ」
一方、その頃。
ニーナは兵舎の自室で、にやにやが止まらなかった。
机の上には、金一封の封筒。中を覗くと、札束がぎっしり。一万メルベラ。生まれて初めて見る大金だ。
「二階級特進......上等兵......」
新しい階級章を撫でる。ピカピカに輝いている。いや、実際は前と変わらないのだが、彼女にはそう見えた。
「給料も上がるし、個室ももらえた」
狭いが、自分だけの部屋。孤児院では考えられなかった贅沢だ。
「もう言うことなし!」
ベッドに寝転がって、天井を見上げる。幸せだった。
コンコン。
ノックの音に、慌てて起き上がる。
「は、はい!」
扉を開けると、そこには直属の上官、ゴーマン伍長が立っていた。普段は怒鳴ってばかりの男だが、今日は妙に優しい顔をしている。
「ニーナ、ちょっと来い」
「は、はい」
「いいニュースだ」
伍長がにやりと笑った。
「え?」
廊下を歩きながら、伍長が小声で言う。
「詳しいことは俺も聞いてねえんだが、お前、とんでもない出世をするらしいぞ」
「出世?もう二階級も上がったのに?」
「それどころじゃねえ」
伍長は振り返った。
「多分、お前は軍曹になる」
「軍曹!?」
ニーナは立ち止まった。
「嘘でしょう?」
「本当だ。つまり、俺より階級が上になるってことだ」
伍長は苦笑いを浮かべた。
「16歳で軍曹なんて、聞いたことねえけどな」
ニーナの頭が真っ白になった。軍曹。それは、あの偉そうなアーマーパイロットたちと同格か、ちょっと下くらいの階級。
(あの時、勇気を振り絞って皇帝を助けに行った甲斐があった!)
ウキウキしながら歩いていると、普通の兵舎とは離れた、立派な軍事施設に着いた。
「ここは......」
「上級法力兵の施設だ」
伍長が説明した。
建物の前で、別の軍曹が待っていた。制服のデザインが変わっている。紺色に金の装飾。ブレイドの制服だ。
「ニーナ・クロウか」
「は、はい!」
「ついて来い」
伍長と別れ、軍曹についていく。廊下を歩きながら、ニーナは緊張が高まっていく。
(なんだか物々しいな......)
扉の前で、軍曹が振り返った。
「入れ」
扉が開くと、そこは広い部屋だった。
中には、同じ紺色の制服を着た人々が二十人ほどいる。皆、精悍な顔つきで、明らかにエリート兵士だ。
「ニーナ・クロウを連れてきました!」
軍曹が大声で報告すると、そのまま部屋を出ていった。
ニーナは直立不動のまま、敬礼の姿勢を保つ。
(一体、どういうこと?)
すると、一人の男が近づいてきた。三十代くらいで、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「君が新入りか」
「は、はい!」
「そんなに固くなるなよ」
男が肩を叩いた。
「俺はディアス。ブレイドの小隊長だ」
「ブレイド......」
皇室護衛隊。帝国最強の法力兵集団。まさか、自分がその一員に?
その時、奥の扉が開いた。
「おう、来たか」
現れたのは、メルベル・イシュタルだった。
「げ、元帥閣下!」
ニーナは慌てて敬礼した。帝国軍大元帥。伝説の「鬼神」が目の前にいる。
「君がニーナ・クロウか」
メルベルが近づいてくる。威圧感が凄まじい。
「は、はい!」
「ラムザ殿下の救出、爆弾の回収、実に見事だった」
「あ、ありがとうございます!」
「ラムザ殿下の推薦があってな」
メルベルがニヤリと笑った。
「君を俺の部下にしようかと思ってな」
「え?」
「今から検査を受けてもらう。ブレイド隊員としての適性検査だ」
ニーナの頭が混乱した。ブレイド?自分が?
「結果次第では、俺の直接指揮下に入る」
メルベルが振り返った。
「さっそく検査を開始する」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ニーナが慌てて声を上げた。
「私、ただの整備兵で......」
「整備兵が、法力アーマーを操縦して敵を三機撃破したんだろ?」
メルベルが振り返った。
「それに、青白い化け物とも戦ったそうじゃないか」
「それは......」
「謙遜はいらない」
メルベルが手を振った。
「実力があるなら、上に行く。それだけだ」
ディアスが苦笑いを浮かべた。
「元帥はああ見えて、実力主義なんだ。出身とか関係ない」
「でも......」
「まあ、検査を受けてみろ」
メルベルが言った。
「受からなかったら、元の部隊に戻すだけだ」
そう言われては、断れない。
「......分かりました」
ニーナは覚悟を決めた。




