第三話「襲撃」
演壇の上から、ラムザ・ボムは集まった民衆を見下ろしていた。
東征大陸の人々。帝国に征服されて550年。彼らの視線は冷たい。13歳の少年が何を語ろうと、占領者の言葉でしかない。
「......我々は、共に歩まなければなりません」
ラムザは原稿を読み続けた。自分でも空虚だと分かっている言葉。でも、これが自分の役目だ。
『厳しい立場だな』
内心で苦笑する。男なのに皇位継承問題の中心。女系600年の伝統を壊す存在。母アジョラが死んでから、全てが狂い始めた。
『兄さんがいなかったら、とっくに潰れていた』
義兄メルベル。母の養子として育った25歳の青年。法力測定値300という化け物だが、ラムザには優しい兄でしかない。
「ラムザ、今日は肉でも食いに行くか」
いつもそう言って連れ出してくれる。訓練も付き合ってくれる。母が死んでからも、変わらず「弟」として扱ってくれる。
メルベルという圧倒的な存在が、自分の無力さを際立たせる。男として生まれた時点で、この帝国では無価値。それなのに血統だけで担ぎ上げられる。
爆発音。
最初、花火かと思った。
次の瞬間、護衛の兵士が吹き飛んだ。血飛沫が舞う。
「殿下を守れ!」
誰かが叫んだ。ラムザは反射的に演壇から飛び降り、下の遮蔽物に隠れた。母に教わった通りだ。「襲撃されたら、まず隠れろ」と。
轟音が連続する。法力アーマーのエンジン音だ。
隙間から覗くと、信じられない光景が広がっていた。
護衛の法力アーマーが、準備も整わないまま次々と破壊されている。敵のアーマーは5機。いや、もっといる。整備場から煙が上がっている。最初に狙われたのか。
「畜生!」
護衛隊長が叫びながら剣を抜く。しかし、法力アーマーに生身で勝てるはずがない。一瞬で踏み潰された。
『これが、俺のせいか』
ラムザは震える手を握りしめた。
自分という存在が、帝国を揺るがしている。男の皇帝か、女帝か、議会制か。その議論の中心にいる自分。そして、それを利用する共和主義者たち。
母が生きていれば、こんなことには......
爆発音が聞こえた時、ニーナは広場から200メートル離れた巡回地点にいた。
「何だ!?」
振り返ると、黒煙が上がっている。整備場だ。
「襲撃だ!」
誰かが叫んだ。ニーナは反射的に走り出した。軍人として叩き込まれた本能。有事には持ち場へ。
整備場は地獄だった。
最初の爆発で、待機していた法力アーマーの半数が使用不能。パイロットたちが血まみれで倒れている。
「ゴーティス上等兵!」
5号機のパイロットが、コックピットから半身を出して苦しんでいた。腹部から血が流れている。
「ニーナ......か」
ゴーティスは血を吐きながら笑った。
「運が......いいな、お前は」
「しっかりしてください!」
「聞け......」
ゴーティスは震える手で、首にかけた認識タグを外した。
「起動コード......7291......権限、委託する」
「何を――」
「皇帝を......守れ」
最後の命令だった。ゴーティスはタグをニーナに押し付けて、そのまま動かなくなった。
ニーナは一瞬呆然とした。しかし、すぐに決断した。タグを首にかけ、5号機のコックピットに滑り込む。
「起動コード、7291」
法石が反応し、エンジンが唸りを上げた。全長3メートルの鋼鉄の体が、ニーナの意思に応える。
「う、動いた......」
初めての実機操縦。シミュレーターとは重みが違う。操縦桿が重い。視界も狭い。
「どうすれば......」
手が震える。でも、命令は絶対だ。皇帝を守れ。最後の命令。
不器用に立ち上がる。バランスを崩しそうになり、慌てて姿勢を立て直す。
「落ち着け、落ち着け......」
深呼吸。整備兵として、この機体の構造は全て頭に入っている。右足のアクチュエーター、左腕の油圧系統、全て知っている。
一歩、また一歩。少しずつ慣れてくる。
広場に向かって歩き始める。演説会場の方向から、銃声と悲鳴が聞こえる。急がなければ。
角を曲がった瞬間、警告音が鳴り響いた。
「ミサイル!?」
反射的に横に跳んだ。訓練で学んだ動作。次の瞬間、立っていた場所が爆発で吹き飛んだ。
「くっ......」
なんとか回避できた。整備兵として警告音の意味は全て把握している。その知識が命を救った。
煙の向こうから、共和主義者の法力アーマー3機が現れた。
帝国の旧式を改造したもの。塗装は剥げ、装甲には継ぎ接ぎの跡。しかし、武装は確実に殺傷力がある。
敵の3機は、互いに距離を取りながらニーナを包囲する形で展開した。彼らの間では通信が飛び交っているのだろう。時折、機体が連携したような動きを見せる。
ニーナの5号機は新型だった。ラムザ護衛隊用の特別仕様。通常の量産機より性能が20%向上している。敵はそれを見て、何か判断しているようだった。
ブレイド仕様の機体。皇室専属の法力兵が使う、帝国最高峰の装備。
だが、ニーナは違う。ただの孤児院出身の整備兵。たまたま新型に乗っているだけ。
「......」
震える手で操縦桿を握る。
3対1。
絶望的な状況。でも、命令は絶対だ。
皇帝を、守る。




