第二十七話「束の間の宴」
雷牙号の食堂は、歓声と笑い声で満ちていた。
「乾杯!」
ガランが杯を高く掲げる。
「俺たちは、塩化爆弾を奪い返した英雄だ!」
「おおお!」
船員たちが唱和し、酒杯を打ち合わせる音が響く。テーブルには、普段は出さない上等な酒が並び、保存食も豪勢に広げられていた。
「これで俺たちは大金持ちだ!」
トムが赤い顔で叫んだ。
50万メルベラを山分けして、さらに一人3万メルベラ!」
「夢みてえだ」
ジャックも酔いが回った様子で、にやにやと笑っている。
「もうあと数時間飛べば、エリドゥの空港だ。ラムザ様を無事にお届けして、任務完了!」
「簡単な話だったな!」
誰かが言うと、また笑い声が起こった。
モニカは、珍しく上機嫌で酒を飲んでいた。
「私、まず借金を全部返すわ」
彼女の頬は赤く染まり、普段の不安そうな表情は消えている。
「それから、新しい工具を一式買って、あとは......そうね、一回くらい高級レストランに行ってみたい」
「おお、モニカが夢を語ってる」
アザリアが茶化すと、モニカは顔を赤らめた。
「うるさいわね。あんたはどうするのよ」
「私?そうね......実家に仕送りして、残りは貯金かな」
「つまんねえ」
男たちがブーイングする。
「俺なんか、女を買い漁るぜ」
「下品ね」
女性陣が顔をしかめる中、ガランが立ち上がった。
「おい、今日の英雄に乾杯しようぜ」
全員の視線が、ニーナに集まった。
「あの嬢ちゃんがいなかったら、俺たちは皆塩になってた」
「そうだそうだ!」
ニーナは照れくさそうに頭を掻いた。すでに何杯か飲んでいて、顔が真っ赤だ。
「いやあ、私なんて......ただ暴れただけで......」
「暴れただけ?冗談だろ」
トムが笑いながら言った。
「あの青白い化け物と、一対一でやり合ったんだぜ」
「すげえよな、女なのに」
「女だからね」
モニカが胸を張った。
「法力は女の方が強いんだから」
ニーナも酒に酔いながら、船員たちの輪に溶け込んでいた。
「でもさ、あいつの顔、本当に気持ち悪かったわよね」
「死体みてえだった」
「触ったら冷たかったし」
モニカが震え上がる真似をして、皆が笑った。
ニーナは、楽しそうに笑う船員たちを見ながら、ふと思った。
(私って、軍人だから......お金、もらえないのかな)
船員たちは民間人だから報酬をもらえる。でも、自分は帝国軍の兵士。給料以外の金銭を受け取ることは、原則として禁じられている。
(でも、これだけ活躍したんだから......昇進くらいは......)
いや、昇進したところで、二等兵が一等兵になる程度だろう。給料もほとんど変わらない。
(この人たちみたいに、大金を手にすることなんて......)
羨ましさと、少しの寂しさが胸に広がる。孤児院育ちの自分には、まとまった金を手にしたことなどない。
「どうした?」
ラムザが、そっと隣に座った。少年は酒を飲んでいないが、宴の雰囲気を楽しんでいるようだった。
「いえ、何でも......」
「金のことを考えてただろう」
図星を突かれて、ニーナは驚いた。
「どうして......」
「顔に書いてある」
ラムザは小声で続けた。
「心配するな。これだけ危険な任務だった。昇進は確実だし、金一封も出る」
「本当ですか?」
「ああ。私が保証する。少なくとも、1万メルベラは出るだろう」
ニーナの目が輝いた。1万メルベラ。それは、彼女の年収の何倍にもなる額だった。
「ありがとうございます、殿下」
喜びながらも、ニーナは別の感情も抱いていた。
(でも、この人たちとも、お別れか......)
エリドゥに着けば、自分は軍に戻る。ラムザは皇宮へ。そして雷牙号の面々とは、ここでお別れだ。
たった数日の旅だったが、濃密な時間だった。命がけの戦いを共にし、同じ釜の飯を食い、酒を酌み交わした。
軍隊では、こんな風に打ち解けることはない。上下関係が厳しく、常に規律に縛られている。
でも、ここでは違った。
「おい、ニーナ!」
モニカが手を振った。
「こっち来なさいよ。女同士で飲みましょ」
「はーい」
ニーナは笑顔で立ち上がった。
もう少しだけ、この時間を楽しもう。
窓の外では、星空が広がっている。エリドゥまで、あと数時間。
爆弾は船倉に厳重に保管され、見張りも立てている。もう危険はないはずだった。
「そういえば」
ガランが思い出したように言った。
「あの青白い野郎、最後にこっちをすげえ睨んでたな」
「根に持つタイプかもな」
「まあ、もう会うこともねえだろ」
船員たちは笑い合った。
生きて帰れた喜びを、仲間と分かち合う。
「もう一杯!」
誰かが叫び、また乾杯の音が響いた。
雷牙号は、夜の空を進み続ける。




