第二十六話「脱出」
銃弾が岩に当たり、破片が飛び散る。
「走れ!止まるな!」
ガランが叫びながら、重い箱を抱えて山道を駆け上がる。モニカは転びそうになりながらも、必死についていく。
バンバンバン!
追手の銃撃が続く。だが突然、それが止まった。
「やめろ!爆弾に当たったらどうする!」
怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら、爆弾を奪われたことに気づいたらしい。
「ほら見ろ、連中も撃てねえ」
ジャックが息を切らしながら言った。
だが安心したのも束の間、バンカーから大勢の人影が飛び出してきた。
「うわ、なんだありゃ」
トムが振り返って絶句した。
追手たちは銃を捨て、代わりにナイフや棍棒、鉄パイプなど、思い思いの武器を手にしている。そして、信じられない速度で山道を駆け上がってくる。
「法力使いか!」
ガランが舌打ちした。
その先頭を走るのは、あの青白い肌の男だった。
突然、男の横を走っていた手下の一人が、何か失言でもしたのか、青白い男に殴られた。
ドガッ!
鈍い音と共に、その手下は十メートル以上も吹き飛んで、岩に激突した。ピクリとも動かない。
「ひっ......」
モニカが悲鳴を上げた。
「化け物じゃねえか」
ジャックも青ざめる。
「あれが、捕まえた奴が言ってたリーダー格に違いねえ」
ガランが歯噛みした。
こちらの銃弾も残り少ない。節約しながら撃っていたが、それももう底を尽きかけている。
「くそ、弾がもうねえ!」
トムが空になった銃を投げ捨てた。
追手との距離が、どんどん縮まっていく。
その時、ニーナが立ち止まった。
「皆さん、そのまま走って!」
「おい、何を——」
「私が時間を稼ぎます!」
ニーナの全身に、法力の光が宿り始めた。金髪が風もないのに舞い上がり、赤い瞳が鋭く輝く。
「一人じゃ無理だ!」
「大丈夫です。船まで走ってください!」
ニーナは振り返ると、追手の群れに向かって突進した。
最初に接触したのは、棍棒を持った男だった。
ニーナの拳が男の腹に突き刺さる。男は白目を剥いて崩れ落ちた。
続いてナイフを持った二人が左右から襲いかかる。ニーナは身を低くして回転し、二人の足を払った。
「なんだこいつ!」
「女だぞ!」
敵も驚いているが、次々と襲いかかってくる。
ニーナは一人、また一人と倒していく。だが、数が多すぎる。
そして、ついに——
「お前が、爆弾を奪った仲間か」
青白い肌の男が、ニーナの前に立った。
近くで見ると、その異様さがよくわかる。肌に血の気が全くなく、目も濁っている。まるで、生きている死体のようだ。
「来るなら来なさい」
ニーナが構えを取る。
男が動いた。
速い!
ニーナは辛うじて避けたが、男の拳が掠めただけで、服が裂けた。
「ほう、避けたか」
男が不気味に笑う。
「だが、どこまで持つかな」
激しい攻防が始まった。
男の攻撃は重く、速い。ニーナも法力を全開にして応戦するが、徐々に押されていく。
その間に、ガランたちは必死に山を登っていた。
「もう少しだ!」
崖の上に、雷牙号の姿が見えてきた。
「船長!」
アザリアが甲板から手を振っている。
「エンジンかけろ!すぐ離陸だ!」
ガランが叫ぶ。
ラムザも姿を現した。
「ニーナは!?」
「まだ下だ!」
爆弾の箱を船に積み込む。モニカたちも這うようにして乗り込んだ。
「ニーナ!」
ラムザが崖下を見下ろして叫ぶ。
ニーナはまだ戦っていた。
青白い男の蹴りを受けて、後方に吹き飛ばされる。だが、すぐに立ち上がった。
「しぶといな」
男が舌打ちする。
その時、雷牙号のエンジン音が響いてきた。
ニーナは振り返り、船が離陸準備を始めているのを確認した。
「じゃあね」
ニーナは男に背を向けると、全速力で走り始めた。
「逃がすか!」
男が追いかけてくる。他の手下たちも続く。
だが、ニーナの方が速かった。法力を脚に集中させ、信じられない速度で山道を駆け上がる。
雷牙号が、ゆっくりと浮上し始めた。
「ニーナ!急げ!」
ラムザが手を差し伸べる。
崖の端まで来たニーナは、思い切り跳躍した。
五メートル、十メートル——
空中で、時間が止まったような感覚。
下では、青白い男が悔しそうに見上げている。
ニーナの手が、船の手すりを掴んだ。
「掴まえた!」
ガランとトムが、ニーナを引き上げる。
甲板に転がり込んだニーナは、荒い息をつきながら空を見上げた。
「はあ......はあ......」
「よくやった」
ラムザが安堵の表情で言った。
「殿下......無事で......」
雷牙号は高度を上げ、山脈から離れていく。
崖の上には、青白い男を筆頭とする追手たちが、悔しそうに見送っていた。
「くそ、逃がしたか」
青白い男が呟く。
「だが、まだ終わりじゃない」
船内では、全員が疲労困憊で座り込んでいた。
「なんとか......成功したな」
ガランが爆弾の箱を見つめながら言った。
「でも、これどうするの?」
モニカが不安そうに聞く。
「軍に引き渡すしかねえだろ」
「それまで、船に爆弾積んでるのよ?」
「仕方ねえだろ」
ラムザが箱に近づいた。表面には、自由戦線の紋章が刻まれている。
「自由戦線のマーク......」
少年は複雑な表情を浮かべた。
「でも、どうやって母上の研究を完成させたんだ......」
その答えは、まだ誰にもわからなかった。
雷牙号は、夕日に向かって飛んでいく。
船倉には、世界を塩に変える恐怖の兵器が積まれている。そして、彼らの後ろには、その兵器を狙う者たちがいる。
エリドゥまで、まだ道のりは長い。




