第二十五話「潜入」
二日後、北東の山脈。
雷牙号は、切り立った崖の陰に身を潜めるように停泊していた。眼下には深い谷が広がり、その向こうに目的地が見える。
「あそこだな」
ガランが双眼鏡を覗きながら呟いた。山肌に、不自然に平らな場所があり、そこに巨大なバンカーの扉が見えた。
「でかいな......」
トムが息を呑む。扉の前では、人影がちらほらと動いている。
船内では、最後の準備が進められていた。
「これ、着るのか?」
ジャックが顔をしかめながら、捕虜から奪った服を見つめる。薄汚れた革のジャケットに、自由戦線の紋章が縫い付けられている。
「仕方ねえだろ」
ガランも同じような服に袖を通しながら言った。
「ありがたいことに、この前の略奪品の中から、同じようなバッジも見つかった」
確かに、塩の街で撃墜した敵機から回収した物資の中に、自由戦線のバッジが数個入っていた。
「でも、本当に大丈夫かしら?」
モニカが不安そうに言う。
「何言ってんだ、お前も来るんだよ」
ガランがあっさりと言い放った。
「は?私が?なんで!?」
「メカニックが必要なんだ。何かあった時、機械に詳しい奴がいないと困る」
「冗談じゃないわよ!私、戦闘なんてできないし!」
モニカが必死に抵抗する。
「それに、私は船の整備があるし——」
「取り分、倍にしてやる」
ガランがニヤリと笑った。
「6万メルベラだ」
モニカの顔が青ざめた。それは、彼女の借金を一気に返済できる額だった。というかプラスだ。実家への仕送りと、船の改造で作った借金が、これでチャラになる。
「......卑怯よ」
「商売だからな」
ガランは肩をすくめた。
「お前の腕が必要なんだ。それに見合う報酬を出す。フェアだろ?」
モニカは唇を噛んだ。断りたい。でも、この機会を逃したら、借金地獄から抜け出せない。
「......わかったわよ」
ついに、彼女は折れた。
「でも、死んだら承知しないからね」
「安心しろ」
ガランは肩をすくめた。
「死んだ時はちゃんと慰謝料、お前の家族のところに届くから。お前が受け取るはずだった分も、しっかり送っといてやる」
「......最低」
モニカは顔を顰めた。その瞬間、ほとんど絶縁状態の両親の顔が脳裏に浮かんだ。家を飛び出してから、一度も連絡を取っていない。向こうも、自分のことなど忘れているだろう。
それでも——
(死んで、あいつらに金が行くなんて冗談じゃない)
彼女は拳を握りしめた。
(絶対に生きて、自分で使ってやる)
結局、船に残るのは、男が一人と、アザリアとアティの女性陣、そしてラムザということになった。
「本当に、私が行かなくていいのか?」
ラムザが心配そうに言ったが、ガランは首を振った。
「殿下が捕まったら、元も子もねえ。ここで待ってて下さい」
「......わかった。気をつけて」
「ニーナ、頼んだぞ」
「はい、ラムザ殿下」
ニーナは凛とした表情で答えた。
一行は、徒歩で山道を下り始めた。
岩だらけの急斜面を慎重に降りていく。モニカは何度も滑りそうになり、その度にトムが支えた。
「ありがと」
「気をつけろよ。ここで怪我したら、任務どころじゃねえ」
一時間ほどかけて、ようやくバンカーの近くまで辿り着いた。
「さて、どうやって入るか......」
ガランが物陰から様子を窺っていると——
「おい、お前ら」
背後から声がかかった。
全員が飛び上がるように振り返る。そこには、自由戦線の腕章を付けた男が立っていた。見張りらしい。
「な、なんだよ」
ガランが必死に平静を装う。
「何をコソコソしてるんだ?」
男は明らかに不審そうな目で一行を見つめている。
その時、モニカが前に出た。
「私たち、街の様子を見て、今戻ってきたところよ」
女性の声に、男の表情が少し和らいだ。
「街?ガルガンドか」
「ええ」
「それで、塩のサンプルは取ってきたのか?」
ガランの背中に冷や汗が流れた。塩のサンプル?そんなもの——
「もちろんよ」
モニカが懐から小さな瓶を取り出した。中には白い粉が入っている。
(まさか......)
ガランは驚愕した。モニカは、船で待機している間に、気になって塩を集めていたのだ。
「ふむ」
男は納得したように頷いた。
「じゃあ、早速受け渡しに行け。リーダーが待ってる」
「了解」
こうして、一行はあっさりとバンカーの中に入ることができた。
中は、思っていたよりも遥かに広かった。
天井の高い通路が奥へと続き、あちこちに部屋が並んでいる。人の往来も多く、少なくとも50人以上はいそうだった。
「すげえな......」
トムが小声で呟く。
「ここが、女帝の隠れ家か」
壁には、古い紋章や装飾が残っている。確かに、かつては高貴な人物の施設だったことが窺える。
その時、通路の奥から、一人の男が現れた。
「......!」
全員が息を呑んだ。
男の肌は、異常なほど青白かった。まるで、血が通っていないかのような、死人のような顔色。
「サンプルは?」
男の声も、どこか生気がなかった。
「こ、これです」
モニカが震える手で瓶を差し出す。
男が瓶を受け取る瞬間、彼女の指が男の手に触れた。
(冷たい......!)
氷のような、いや、死体のような冷たさだった。モニカは反射的に手を引きそうになったが、なんとか堪えた。
男は瓶の中身を確認すると、満足そうに頷いた。
「よし。後で詳しく分析する」
そう言って、男は奥へと歩いて行った。
全員が息を吐いた。
「な、なんだありゃ......」
ジャックが震え声で言う。
「人間か?」
「わからねえ。だが、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ」
ガランが気を取り直した。
「爆弾を探すぞ。手分けして」
一行は、それぞれ散らばって探索を始めた。
倉庫らしき部屋、研究室のような場所、寝室......様々な部屋を覗いていく。
「おい、見つけた」
トムが小声で呼んだ。
奥の部屋に、厳重に鍵のかかった扉があった。その前には、二人の見張りが立っている。
「あそこか......」
ガランは考えを巡らせた。
「よし、作戦だ」
懐から、発煙筒を取り出す。
「これを、あちこちで同時に焚く。混乱に乗じて、箱ごと持ち出す」
「そんな単純な作戦で......」
「これできっと大混乱だぜ」
全員に発煙筒を配り、それぞれの配置につく。
ガランの合図で、一斉に発煙筒が焚かれた。
「火事だ!」
「どこだ!?」
「あっちからも煙が!」
バンカー内は、瞬く間に大混乱に陥った。
見張りたちも、煙の発生源を確認しに走り出す。
「今だ!」
ガランたちは素早く部屋に侵入した。
中央に、人が抱えられるくらいの大きさの金属製の箱があった。表面には、複雑な紋様と、いくつものロックが施されている。
「これか」
「重い......!」
四人がかりで、なんとか箱を持ち上げる。
「急げ!」
煙に紛れて、出口へと向かう。途中、何人かとすれ違ったが、皆パニックで箱には気づかない。
ついに、バンカーの外に出た。
「やった......!」
モニカが安堵の息を漏らす。
「意外とちょろかったな」
ジャックも笑みを浮かべた。
だが、その時——
バァン!
銃声が響いた。弾丸が、すぐ側の岩に当たって砕け散る。
「見つかった!」
振り返ると、バンカーから武装した男たちが飛び出してきていた。
「逃げろ!」
ガランの叫びと共に、一行は箱を抱えたまま、必死に山道を駆け上がり始めた。
背後から、銃弾が雨のように降り注ぐ。岩が砕け、土煙が舞い上がる。
「くそ、このままじゃ——」
その時、ニーナが立ち止まった。
「先に行って!」
「おい!」
ニーナの手に、法力の光が宿る。彼女は振り返ると、追手に向かって突進していった。




