第二十三話「告白」
塩と化した街を後にしようと、一行は重い足取りで空港跡へと向かっていた。
白い粉塵が風に舞い、まるで雪のように降り注ぐ。だがそれは雪ではない。かつて人だったものの残骸だ。
「早く船に戻ろう」
ガランが言った。その声には、普段の豪快さはない。
「こんなところに長居は無用だ」
船員たちも無言でうなずく。誰もが、この異様な光景から一刻も早く離れたがっていた。
その時、トムが立ち止まった。
「船長、あれ」
指差す先に、三人の人影があった。塩の像ではない。生きている人間だ。
「生存者か?」
ガランが目を細める。だが、何かがおかしい。三人は奇妙にこちらを観察している様子で、助けを求める素振りはない。
「おい、大丈夫か!」
ジャックが声をかけた瞬間、三人組が動いた。
懐から銃を取り出し、いきなり発砲してきた。
「伏せろ!」
ガランの叫びと同時に、全員が物陰に飛び込む。銃弾が頭上を掠めていく。
「なんだこいつら!」
「とにかく応戦だ!」
船員たちも武器を取り出す。雷牙号の男たちは、こういう事態には慣れていた。
ニーナも反射的に身を隠しながら、法力を高めていく。彼女の手に、かすかな光が宿り始めた。
「ラムザ殿下、下がって」
小声で言いながら、ニーナは前に出た。
激しい銃撃戦が始まった。塩の柱が砕け、白い粉が舞い上がる。
「くそ、何者だ!」
ガランが叫びながら応戦する。
その時、ニーナが動いた。法力を纏った身体で、驚異的な速度で敵の側面に回り込む。
「なっ——」
敵の一人が振り向く間もなく、ニーナの拳が顔面に叩き込まれた。男は白目を剥いて倒れる。
「もう一人!」
トムの援護射撃を受けながら、ニーナは二人目も無力化した。
最後の一人が逃げようとしたところを、ガランが足を撃ち抜いた。
「ぐあああ!」
男は地面に転がり、足を押さえて悶絶する。
「よし、こいつを縛れ」
ロープで男を縛り上げると、ガランは膝をついて男の顔を覗き込んだ。
「さて、お前らは何者だ?」
男は唾を吐こうとしたが、ガランに顎を掴まれた。
「おいおい、礼儀がなってねえな」
「......自由戦線だ」
男が苦々しく答えた。
「自由戦線?共和主義者か」
「そうだ。我々の勝利を、この目で見に来た」
男の目に、狂信的な光が宿っていた。
「勝利だと?」
「見ただろう。要求を飲まなかった愚か者どもの末路を」
ガランの顔色が変わった。
「お前ら......まさか、この街を......」
「そうだ!我々の新兵器の威力を思い知ったか!」
男は勝ち誇ったように笑った。
「帝国の圧政に苦しむ民を解放するため、我々は——」
ガランの拳が男の腹に突き刺さった。
「ぐえっ」
「解放だと?これが解放か?」
ガランは男の胸ぐらを掴み上げた。
「地獄に落ちろ!」
「必要な......犠牲だ......」
「ふざけんな!」
今度は顔面に拳が飛んだ。男の鼻から血が噴き出す。
「船長、落ち着いて」
ジャックが止めに入る。
「こいつから情報を聞き出さないと」
ガランは荒い息をつきながら、男を地面に落とした。
「......他にも爆弾があるんだろう?」
男は血を吐きながら笑った。
「ああ、そうだ。他の都市も、いずれこうなる」
船員たちに緊張が走った。
「どこだ!」
「言うと思うか?」
男は口を閉ざした。革命の戦士としての誇りが、まだ残っているらしい。
ガランは立ち上がり、男を見下ろした。
「そうか」
次の瞬間、ガランの蹴りが男の脇腹に突き刺さった。
「ぐあっ!」
「どこにあるか言え」
「し、知らない......」
今度は顔面への蹴り。歯が数本飛び、口の中が血で満たされる。
「がはっ......」
「まだ言わねえか」
ガランは男の髪を掴んで引き起こし、拳を振り下ろした。鼻骨が砕ける音が響く。
「ぎゃああああ!」
「船長、やりすぎじゃ......」
ジャックが心配そうに言ったが、ガランは振り返らなかった。
「こいつらは街一つ分の人間を殺したんだぞ」
もう一発。男の左目が腫れ上がり、視界を失う。
「も、もう......」
「場所を言え」
ガランは男の指を掴んだ。
「言わねえなら、一本ずつへし折る」
「や、やめ......」
バキッ。
小指が不自然な方向に曲がった。
「ぎゃああああああ!」
男の絶叫が、塩の街に響き渡る。
「次は薬指だ」
「い、言う!言う!」
男は涙と鼻水と血でぐちゃぐちゃになった顔で叫んだ。
「アジト......我々のアジトの一つに......」
「どこだ」
「じょ、女帝の......隠れ家......」
「は?」
「前の女帝、アジョラの隠れ家だ。山奥にある研究施設を、我々が接収した」
ガランと船員たちが顔を見合わせる。
「そこに爆弾が?」
「試作品がもう一つ......だが、扱いが難しい。現に、この街を塩に変えた仲間も巻き込まれた」
男は自嘲的に笑った。
「起爆装置の調整を誤れば、自分たちも塩になる。だから量産は不可能だ。材料も高すぎる」
「場所を言え」
「北東の山脈......ガルガンドから馬で二日の場所だ」
ガランは立ち上がり、船員たちを見回した。
「どうする?」
「どうするもこうするも、早くずらかろうぜ」
トムが言った。
「こんなヤバい代物に関わるなんて、正気じゃねえ」
「でも、もう一つ爆弾があるんだろ?」
「だからって、俺たちが何とかする義理はねえ」
「軍に任せりゃいい」
船員たちの意見は真っ二つに割れた。
その時、ずっと黙っていたラムザが前に出た。
「待て」
少年の声に、全員が振り返る。
「坊や、危ないから下がってな」
ジャックが言ったが、ラムザは首を振った。
「いや、もう隠している場合じゃない」
ラムザは深呼吸をすると、背筋を伸ばした。その瞬間、少年の雰囲気が変わった。
「私の本当の名は、ラムザ・ボム」
静寂が広がった。
「前女帝アジョラ9世の息子だ」
「......は?」
全員が凍りついた。
「そして、その隠れ家というのは、おそらく母上の研究施設のことだ。塩化装置......母上が研究していた兵器が、奴らの手に渡ったんだ」
ガランの顔が真っ青になった。
「ま、まさか......本物の......」
「すまない、騙していた」
ラムザは頭を下げた。
「だが、今は身分など関係ない。あの爆弾を回収しなければ、もっと多くの犠牲者が出る」
少年は顔を上げ、まっすぐにガランを見つめた。
「頼む。協力してくれ。報酬は、約束の十倍出す」
「十倍......」
船員たちがざわめく。それは、50万メルベラ。一生遊んで暮らせる額だ。
「でも、命あっての物種だぜ」
「だからこそだ」
ラムザの声に、決意が込められていた。
「私には、この国を守る責任がある。母上が残した負の遺産を、私が始末しなければならない」
ニーナが前に出た。
「私も行きます。ラムザ殿下の護衛が、私の任務です」
ガランは頭を抱えた。皇族を乗せていたなんて。しかも、こんな危険な任務に巻き込まれるなんて。
だが、少年の目を見て、何かを感じ取った。これは、ただの金持ちの坊ちゃんではない。国の未来を背負う覚悟を持った、本物の皇族だ。
「......くそ」
ガランは天を仰いだ。
「なんで俺はいつも、面倒事に巻き込まれるんだ」
そして、船員たちを見回した。
「お前ら、どうする?」
沈黙が流れた。やがて、モニカが船から顔を出した。
「あんたたち、何をもめてるの?」
女性陣は船で待機していたが、騒ぎを聞きつけて出てきたらしい。
「いや、これは......」
ガランが説明に困っていると、ラムザが前に出た。
「実は——」
少年は、もう一度最初から説明を始めた。
日が傾き始めていた。塩の街に、オレンジ色の光が差し込む。美しくも恐ろしい光景の中で、運命の分岐点が訪れようとしていた。




