第二話「整備兵の日常」
帝紀600年3月、カーカラシカ帝国の作り上げた東征のための橋頭堡・カイロス市。
朝靄の中、巨大な法力アーマーが整然と並んでいた。全長3メートル、ずんぐりむっくりとした鋼鉄の塊。胸部と頭部が一体化した独特の形状は、まるで巨大な鎧を着た亀のようだ。
「ニーナ!法石の交換終わったか!」
怒鳴り声に、金髪の少女が機体の下から這い出てきた。赤い瞳に機械油が跳ねている。
「はい、曹長!3号機、交換完了であります!」
ニーナは直立不動で答えた。16歳、二等整備兵。貧困層向けの孤児院から軍に入って4年。今はラムザ殿下の護衛隊に配属されている。
「よし、次は5号機だ。パイロットが文句言ってるぞ。左脚の反応が鈍いってな」
「了解であります!」
ニーナは工具箱を抱えて走った。広場の向こうでは、仮設の演壇が設置されている。今日もラムザ殿下の演説がある。護衛隊総勢数百名。その末端の、さらに末端。それが自分の立場だ。
「おい、新入り」
5号機のパイロット、ゴーティス上等兵が見下ろしてきた。30代の男は、法力測定値15を誇るベテランだ。
「さっさと直せよ。演説中に動けなかったら、お前のせいだからな」
「はい、上等兵殿!」
ニーナは機体に取り付いた。法石回路を確認する。確かに左脚の伝達系統に歪みがある。
隣で別の整備兵が愚痴をこぼしていた。
「ったく、何で俺らがこんな辺境まで」
「黙れ」
班長のオルガ軍曹が睨む。40代の女性は、法力測定値8。パイロットにはなれないが、整備では右に出る者がいない。
「殿下の護衛は名誉ある任務だ。文句があるなら辞めろ」
「すみません、軍曹」
ニーナは黙々と作業を続けた。軍の規律、上下関係、それが全て。孤児院で叩き込まれ、軍でさらに強化された価値観だ。
「なあ、ニーナ」
隣で作業していた同期のカイが話しかけてきた。茶髪の少年は、ニーナと同じ孤児院出身だ。
「殿下、見た?」
「遠くから、少しだけ」
「どんな感じ?」
「......線の細い感じの…」
実際、100メートル以上離れた場所から見ただけだ。青白い顔の少年が、必死に原稿を読んでいる姿。13歳。自分より年下なのに、帝国の命運を背負わされている。
「可哀想だよな」
カイが小声で言った。
「男なのに皇帝とか言われて。四大家の連中が好き勝手言ってるって聞いたぜ」
「カイ!」
オルガ軍曹が鋭く叱責した。
「上の話をするな。俺たちは命令に従うだけだ」
「は、はい!」
その時、広場の向こうで動きがあった。
護衛隊の隊長が指示を出している。配置換えだろうか。
「全員、集合!」
オルガ軍曹の声で思考が中断された。
「演説開始30分前だ!最終点検!」
「「「了解!」」」
ニーナは工具を握り締めた。
自分は整備兵。法力測定値12の、ただの孤児。殿下に近づくことも許されない立場。
それでいい。規律と命令に従って生きる。それが自分の生き方だ。
遠くで、ラムザ殿下が演壇に上がるのが見えた。
13歳の少年は、しっかりとした足取りで壇上に立った。声は若いが、はっきりとしている。病弱という噂もあったが、見る限り普通の少年だ。ただ、その肩に背負わされた重責だけが、普通ではない。
「帝国の民よ」
拡声器を通じて、ラムザの声が響く。
「我々は今、岐路に立っている......」
演説が始まった。ニーナは最後の点検を続けながら、時折顔を上げて広場を見る。群衆は静かに聞いている。今のところ、異常はない。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。




