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第十六話「聖火祭の準備」



予定外の滞在が決まって数時間後、雷牙号の船内は慌ただしい空気に包まれていた。


ガラン・ベルが、色とりどりの布の束を抱えて現れたからだ。


「よし、金のためにキリキリ働け!」


船長室から出てきた彼の声が、船内に響き渡った。手には赤、青、黄色の鮮やかな布地。それに小さな金属の鈴、造花まで抱えている。


「船長、また始まったぞ......」


機関士のトムが小声で呟いた。


船員たちは顔を見合わせる。雷牙号の定例行事——聖火祭の飾り付けの時間だった。


「おい、モニカ!アザリア!アティ!」


ガランは女性船員たちの名前を次々と呼んだ。


「豆を水に漬けろ。一晩置いたやつを、今度は煮込む準備だ」


「は?」


メカニック担当のモニカが困惑した。法石エンジンの整備で油まみれの手を拭いながら振り返る。


「料理ですか?私たち、メカニックですけど」


「法石の調整中なんですが......」


法石技術者のアザリアも渋い顔をした。


「そんなの後回しだ!まず豆だ!」


ガランは有無を言わさず指示を出した。


「あの金持ちの客に、いい思いをさせておけば、お礼がもうちょっと増えるかもしれんだろう」


船員たちは内心で嘆息した。毎回この調子だ。


一方、ガランは器用な手先で布を結び始める。鮮やかな色彩の組み合わせ、丁寧な結び目。どこかの上品な家庭を思わせる、手作りの温かみがある飾り付けだった。


「ちっ、また船長のお遊びか」


砲手のジャックが舌打ちした。


しかし、揶揄おうものなら後で何をされるか分からない。ガランは普段は気さくだが、こと聖火祭の準備となると異常に真剣になるのだ。


「おい、お前らも手伝え」


ガランが振り返った。


「この青い布を、あの銃座の周りに巻け。丁寧にな」


「銃座に?」


船員たちが困惑する。武骨な機銃の周りに、色鮮やかな布を飾るのか。


「そうだ。戦争の道具も、祭りの時は華やかにするもんだろ」


ガランは当然のように言った。


結果として生まれたのは、実に奇妙な光景だった。


違法取引に使う荷物の箱の上に、手作りの花飾り。法石銃の弾薬箱に巻かれた、虹色のリボン。銃座を彩る青い布。


まるで幼い子供が、大人の道具で遊んでいるような、危うい可愛らしさがあった。


「船長......」


モニカが恐る恐る口を開いた。


「この肉の味付け、これでいいですか?」


彼女が差し出した皿を見て、ガランは眉をひそめた。


「だめだ。塩が足りない。それに、このハーブの使い方が違う」


「でも、普段はこれで......」


「普段はな!」


ガランは皿を取り上げ、自分で調味料を加え始めた。的確な手さばきで、あっという間に香り豊かな一皿に仕上げる。


「ほら、こうするんだ」


完成した料理は、確かに美味しそうだった。女性たちは苦い顔をする。負けたのが悔しいのか、それとも面倒なことを押し付けられたのが嫌なのか。


「どこでそんなこと覚えたんですか?」


アティが不満そうに聞いた。


「普通、ママの手伝いをすれば覚えるだろ」


ガランは当然のように答えた。


船員たちは内心で苦笑する。


『まあ、お坊ちゃんだからな......』


『指摘すると怒るし......』


『適当に合わせとこう』


雷牙号の船内は、次第に祭りの雰囲気に包まれていった。


その時、客室から様子を伺いに来たラムザが、甲板に顔を出した。


「何をしているんだ......?」


目の前に広がる光景に、彼は言葉を失った。


武器と違法物資に囲まれた無法船が、まるで田舎の祭りのように飾り付けられている。色とりどりの布、手作りの花飾り、どこか懐かしい香りの料理。


「あの船長、かなりの変わり者だな」


ラムザは独り言のように呟いた。


「ライネル、これ何ですか?」


ニーナが彼の後ろから顔を出した。孤児院と軍隊生活しか知らない彼女にとって、この色鮮やかな飾り付けは初めて見る光景だった。


「聖火祭の飾り付けだろう」


ラムザは説明した。


「でも、こんなに......」


「ああ」


皇族として育った彼はこういった手作り感溢れる飾り付けはを見ることは珍しい。宮廷の聖火祭は、もっと格式高く、洗練されたものだった。


「素朴だな」


「素朴って?」


「家庭的ということだ」


ラムザは複雑な表情で船内を見回した。アウトロー船とは思えない、温かみのある空間が生まれつつある。


ガランは満足そうに作業を続けている。育ちの良さが隠しきれない、丁寧な手つきで。


「よし、これで客も喜ぶだろう」


彼は商売人らしく計算していた。しかし、その表情には純粋な喜びも浮かんでいる。


伝統主義のような、家庭的なアウトロー船長の微笑みに、船員はうんざりしているようだった。

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