第百二十二話「失われた浄化」
新エリドゥ、皇宮大会議室。
重々しい空気が場を支配していた。円卓には四大家の当主たち、軍の最高幹部、そして各分野の専門家が集まっている。中央の玉座に座るニーナは、疲労の色を隠せないでいた。
「報告を続けてください」
ニーナの声は、一年前より落ち着いている。しかし、その瞳には深い憂慮が宿っていた。
白髪の老歴史家、マルクス・ナブが立ち上がった。
「はい。我々の調査によりますと、現在発生している『起き上がり』現象は、約千年前の記録にある『腐敗の時代』と酷似しています」
エンキドゥ・ボムが腕を組む。
「千年前?それは初代女帝の時代より前ではないか」
「その通りです」
マルクスは古い書物を開く。
「当時、神殿の巫女たちが担っていた役割がありました。彼女たちは聖火の力を用いて、大地の汚れを浄化していたのです」
イナンナ・ベオルブが扇子で口元を隠しながら言う。
「そんな迷信めいた話を...」
「迷信ではございません」
若い技官が割って入った。法石研究院のシルヴィア・イシュタルだ。
「我々の調査で判明したのですが、聖火には実際に浄化作用があります。特定の周波数で振動させることで、汚染物質を分解する力が」
メルベル・ボムが顎に手を当てる。
「それで、なぜ今になって問題が?」
エレシュキガル・イシュタルが重い口を開く。
「恐らく...初代女帝ニイナ様が構築された聖火供給システムの劣化が原因かと」
場がざわめいた。
「六百年前に作られたシステムが、今まで機能していたと?」
ギルガメシュ・ナブが驚きを隠せない。
「はい」
シルヴィアが説明を続ける。
「各地の聖火の祠は、巨大な地下網で繋がっています。これが自動的に大地を浄化していたのですが...」
彼女は地図を広げた。赤い印が無数に打たれている。
「ご覧の通り、東征大陸北部を中心に、システムの破損が確認されています」
ニーナは眉をひそめた。
「修理は可能なの?」
「技術的には...困難です」
シルヴィアは申し訳なさそうに答える。
「当時の技術は、現代では失われています。巫女たちの知識も、とうの昔に途絶えました」
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ラムザが口を開く。
「では、どう対処すれば?」
「現在、化学浄化部隊を編成しています」
エンキドゥが報告する。
「しかし、効果は一時的で...」
「焼け石に水、というわけか」
メルベルが苦笑する。
マルクスが咳払いをして、全員の注意を引いた。
「皆様に、もう一つ重要なことをお伝えせねばなりません」
彼は別の資料を取り出す。
「アンデッドには、三つの種類が存在します」
全員が身を乗り出した。
「第一に、死者の起き上がり。これは比較的単純で、死体が動き出すものです。第二に、腐敗系。これは有機物が変質して生まれる、ヘドロのような存在です」
「ヘドロ...」
イナンナが顔をしかめる。
「そして第三に」
マルクスは声を落とした。
「ルカヴィです」
ニーナの顔が青ざめた。あの狂気の初代女帝、ニイナのことを思い出す。
「ルカヴィは...RVウイルスによるものでは?」
セラフィナが質問する。
「その通りです」
マルクスは続ける。
「地質汚染が進むと、RVウイルスの発生率が爆増します」
場が凍りついた。
「つまり...」
ギルガメシュが震え声で言う。
「放置すれば、ルカヴィが大量発生する可能性が?」
「そうなります」
ニーナは立ち上がった。
「対策を急ぎなさい。予算は無制限。必要な人員も全て動員して」
「はっ」
全員が頭を下げる。
「それと」
ニーナは付け加えた。
「古い文献を全て調べて。巫女たちの技術について、何か手がかりがあるはずよ」
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その頃、氷原大陸上空。
雷牙号は穏やかな風に乗って飛行していた。
「いい天気だな〜」
ジャックが甲板で伸びをする。
「こんな日は昼寝に限る」
トムも欠伸をする。
ガランは操縦室で海図を見ていた。氷原大陸の港まで、あと二日の行程だ。
「船長〜」
モニカが顔を出す。
「お茶でも飲みません?」
「ああ、ありがとう」
温かい茶を受け取り、窓の外を眺める。雲海が広がり、その向こうに山々が見える。
「平和だな」
呟くガラン。地上で何が起きているか、彼はまだ知らない。
「そういえば」
アザリアが新聞を持ってくる。
「また変なニュースが」
『緑海大陸で謎の疫病。死者が動き出すとの証言も』
「疫病か...」
ガランは眉をひそめる。
「航路を変更した方がいいかもな」
「でも、契約が」
トムが心配そうに言う。
「命あっての物種だ」
ガランは決断する。
「緑海は避けて、東回りで行こう」
「了解」
船員たちが動き出す。
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ガランは再び新聞を見た。小さく、帝国が対策本部を設置したという記事もある。
(ニーナも大変だな...)
心の中で呟く。女帝として、この危機に対処しなければならない彼女の苦労を思う。
「船長」
レイが近づいてくる。
「実は、気になることが」
「何だ?」
「この『起き上がり』ですが...以前戦ったリリスのような、ルカヴィとは違うんでしょうか?」
ガランも同じことを考えていた。
「さぁな…」
彼は船員たちに向かって声を上げた。
「全員、戦闘準備を怠るな!何が起きても対応できるようにしておけ!」
「「「了解!」」」
雷牙号は東へ進路を変えた。




