第百十九話「純血の狂気」
病院の白い天井を見上げながら、ガランは深いため息をついた。肩と腹に包帯が巻かれ、点滴の管が腕に繋がっている。
「いやー、またお手柄ですね!」
ジャックが呑気な声で病室に入ってきた。トムとアザリアも一緒だ。
「早撃ち、相変わらずうまいっすね。あの距離で三人仕留めるとか」
「病院に縁がありますよね!逆によく死んでないっていうか!」
ガランはげっそりとした顔で呟く。
「もう勘弁してくれ」
---
一方、皇宮の地下取調室では、別の光景が繰り広げられていた。
石造りの冷たい部屋に、一人の男が座っている。ブレイドの制服を着た男だった。マルティウス・イシュタル、イシュタル家の分家出身で、帝国史に精通した男である。
ニーナは鬼の形相で彼と向かい合っていた。
「説明しなさい」
声は氷のように冷たい。セラフィナとレイが後ろに控えているが、二人とも緊張で背筋が凍っている。
マルティウスは落ち着いた口調で語り始めた。
「ニーナ様、私は帝国の歴史を愛しています。初代女帝ニイナ・メルベラ様から始まる六百年の栄光を」
「それと今回の襲撃と何の関係が?」
「全てです」
マルティウスは静かに続ける。
「聖女エリーゼの時代、彼女は純血を守るために自らを犠牲にしました。第二代女帝アンナ様は、四大家の血統を確立し、帝国の礎を築かれた」
ニーナは無表情で聞いている。
「そして歴代の女帝は皆、高貴な血統から選ばれ、高貴な血統と結ばれてきました。それが帝国の強さの源泉だったのです」
「続けなさい」
「しかし、最近の政策を見てください。植民地への市民権拡大、階級の流動化...これらは全て帝国の根幹を揺るがすものです」
マルティウスの目に狂信的な光が宿る。
「そして何より、ニーナ様。あなたがあの農民と...」
「ガランのこと?」
「はい。ベオルブ家の農場の倅。確かに家は古いですが、所詮は農民です。そのような穢れた血と交わることは、ボム家六百年の歴史への冒涜です」
セラフィナが息を呑む。レイは拳を握りしめた。
しかし、ニーナは静かだった。あまりにも静かで、それが却って恐ろしい。
「今回の襲撃は忠告でした」
マルティウスは慇懃に続ける。
「ニーナ様を殺すつもりはございません。ただ、堕落の原因を排除する必要がありました」
「堕落の原因...」
「はい。そして、もし万が一...」
マルティウスは一瞬躊躇った後、言葉を続けた。
「穢れた血を引く子が生まれるようなことがあれば、それも...」
瞬間、部屋の空気が変わった。
ニーナの全身から紫電が迸る。法力が暴走寸前まで高まっていく。
「なるほど」
ニーナの声は恐ろしいほど冷静だった。立ち上がり、ゆっくりとマルティウスに近づく。
「つまり、ガランを殺し、私の子供も殺すと」
「帝国のためです。純血を守るためには...」
次の瞬間、轟音と共にマルティウスの右足が消し飛んだ。
「ぎゃああああああ!」
絶叫が石壁に反響する。血が床に広がっていく。
「ニーナ様!」
セラフィナが駆け寄ろうとするが、ニーナの冷たい視線に止められた。
「まだ左足が残ってるわね」
「や、やめ...目を覚ましてください!これは帝国のため...」
ニーナの手が再び上がる。今度は頭を狙っている。
「ニーナ様、お待ちください!」
レイとセラフィナが必死で止める。
「背後関係を調べる必要があります!仲間がいるはずです!」
ニーナは数秒間、殺意に満ちた目でマルティウスを見下ろしていたが、やがて手を下ろした。
「...連れて行きなさい。止血してあげなさい」
マルティウスが運び出された後、ニーナは椅子に崩れるように座り込んだ。
深い、深い悲しみが彼女を包んでいた。
---
病室では、レイがガランに事情を説明していた。
「超保守派の過激派...ブレイドの中にもいたなんて」
ガランは複雑な表情で天井を見つめた。
「俺ってどんだけ恨まれてるの...」
力なく笑う。
「共和主義のテロからも狙われてるし、帝政保守からも狙われてんのかよ」
「あ、でも」
レイが苦笑する。
「共和派の穏健派からは好かれてるみたいですよ。特権階級とお付き合いしてる人ってことで、仲間認定だそうで」
「知りもしないやつから仲間認定されるとか、気味の悪い世界だな本当」
ガランは疲れ切った顔で言う。
「マジで体がもたねえ...もう勘弁してくれ」
そして、真剣な顔でレイを見た。
「実家の方にちょっと警備送ってくれない?親も妹も心配だ」
「分かりました」
レイは頷く。
「すぐに手配します」
「船長、複雑ですね...」
ジャックが同情的に言う。
---
その時、ドアが開いた。ニーナが入ってくる。その顔は青白く、目は赤く腫れていた。
「ニーナ...」
ガランは彼女の様子を見て、何があったか察した。申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
ニーナもその表情を見て、ガランが何を言おうとしているか、なんとなく分かってしまった。心臓が早鐘のように打つ。
「なあ、ニーナ」
「な、何?」
ビクビクしながら近づく。
「俺、入院3回目なんだ。マジで数ヶ月に一回これだと体がもたねえ...」
ニーナの顔がさらに青ざめる。
「つまりだな...」
「や、やだ...」
「ちょっと俺たち、距離置こう。これじゃあみんなに迷惑すぎる」
瞬間、ニーナの世界が崩れた。気が遠くなり、ふらふらとよろめく。そして、理性が吹き飛んだ。
「やだあああああ!」
ガランに飛びついて抱きしめる。
「ぐっ!まじで死ぬ!そこ傷!うぐっ!?」
ガランの顔が真っ青になる。
「捨てないでよおおお!悪いとこ直すからああああ!」
「直せるわけねえだろ!」
ガランは苦痛に顔を歪めながら叫ぶ。
「言いたいのは!ちょっとほとぼり冷めるまで距離置いた方がいいって...いってえ!やめろ!引っ張んな!」
「やだやだやだやだ!」
「傷が...開く...」
「嘘つき!嘘つきいい!」
ニーナは泣きながら叫ぶ。
「愛してるって言ったのにいい!」
「だから愛してるから言ってんだろ!」
「じゃあ離れないで!約束したでしょ!」
「俺が死ぬ!マジで!」
レイとセラフィナが慌てて二人を引き離そうとする。
「うわ!すげえ力!」
レイが必死でニーナを引っ張る。
「ピクリともしねえ!」
「ニーナ様!船長が死にます!」
セラフィナも加勢する。
「聖火の岬で!永遠にって言ったじゃない!」
「状況が変わったんだよ!」
「変わってない!変わってないもん!」
ジャックたちも慌てて手伝いに入る。
「おい、マジでやばい!血が!」
---
病室は大騒ぎになった。看護師が駆けつけ、医者が飛んできて、ようやくニーナをガランから引き離すことができた。
ガランは包帯から血が滲み、ぐったりとベッドに沈んでいる。
「本当に...死ぬかと思った...」
ニーナは看護師に押さえられながら、まだ泣き叫んでいる。
「ガラン!ガラン!お願い!捨てないで!」
セラフィナは頭を抱えた。
「これ、どうするんですか...」
レイも苦笑する。
「なんで俺がこんな目に…」




