第百十八話「銃声の中で」
港町の広場は、朝から多くの人々で賑わっていた。帝国の旗がはためき、臨時の演壇が設けられている。新女帝ニーナ・ボムの演説会だ。
合流した軍艦から降りてきたニーナは、ガランの姿を見つけると、少し不安そうな表情を浮かべた。別行動から三日。叱られたことがまだ心に引っかかているのだろう。
「よお」
ガランは軽く手を上げる。
「この前はちょっと言い過ぎた。悪かった」
ニーナの表情が一瞬で輝いた。
「最近頑張ってるそうだな。セラフィナから聞いたぞ」
「わかればいいのよ!」
花のような笑顔だった。まるで太陽に向かって開く向日葵のように、彼女の全身から喜びが溢れ出ている。
「でもな」
ガランは苦笑しながら付け加える。
「すぐ怒る癖は直した方がいいからな」
「む...」
ニーナは頬を膨らませた。
「分かってるわよ、そんなこと」
セラフィナが近づいてきて、恭しく頭を下げる。
「ガラン様、本日はニーナ様の演説をご覧いただけるとのこと。ありがとうございます」
「いや、俺も興味があってな」
「演説は午後二時からです。舞台袖でご覧いただけるよう席を用意しております」
レイが警戒しながら周囲を見回している。
「船長、今日は人が多いんで、気をつけてくださいね」
「分かってる」
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午後になり、広場は人で埋め尽くされた。商人、職人、主婦、子供たち。様々な階層の人々が集まっている。しっかりとした舞台が設けられ、ブレイドの隊員たちが厳重な警備体制を敷いていた。
ニーナが壇上に上がると、大きな拍手が沸き起こった。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、威厳と優雅さを兼ね備えていた。小柄な体躯からは想像できないほどの存在感が、広場全体を包み込む。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
凛とした声が響く。マイクを通さずとも、その声は広場の隅々まで届いた。法力による増幅だろう。
「私は今日、皆様に三つのことをお話ししたいと思います。植民地統治における我が帝国の正当性について。市民権獲得の条件について。そして、これからの帝国のあり方について」
ガランは舞台袖から、その様子を見守っていた。
演説は見事だった。植民地統治の必要性を説きながらも、現地民への配慮を忘れない。市民権については段階的な拡大を提案し、急進的な改革ではなく、着実な前進を約束する。
「我々は強者だから支配するのではありません。強者だからこそ、弱者を守る責任があるのです」
民衆は熱心に聞き入っている。時折、賛同の声が上がる。
(すげえな...)
ガランは素直に感心した。つい数日前まで癇癪を起こしていた少女とは思えない。堂々とした態度、理路整然とした論理、そして何より、人々の心を掴む話術。
「帝国は変わらなければなりません。しかし、それは破壊ではなく、進化でなければならない」
セラフィナが誇らしげに囁く。
「どうですか?ニーナ様の演説は」
「いや、さすがだよ」
ガランは正直に答える。
「やっぱり物が違うよな」
血筋というものを、これほど実感したことはなかった。
(そりゃ脅迫状も来るよな...)
内心で苦笑する。
(俺みたいな農家の倅と、こんな立派な指導者じゃ、世界が違いすぎる。なんで気に入られてるのか、俺にもよく分からねえもん)
演説は続く。地元の政治家や名士たちも応援に駆けつけ、次々と賛辞を述べていく。ガランは礼儀として拍手を送っていた。
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その時だった。
観客の中から、数人の男が突然飛び出してきた。
「穢れた血を排除せよ!」
「純血を守れ!帝国の伝統を!」
ブレイドたちが素早く反応し、あっという間に取り押さえる。しかし、ガランの目は別の場所を見ていた。
(おとりだ...)
長年の経験が、危険を察知していた。群衆の中、別の男が懐に手を入れている。大口径の拳銃が、陽光を反射してきらりと光った。
「くそっ!」
ガランは駆け出した。狙撃可能な位置まで走り、懐から愛用の拳銃を抜く。
早撃ち。
乾いた銃声が響き、男の手から銃が弾き飛ばされた。
「狙撃手だ!」
会場がパニックになる。悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。ブレイドたちがニーナに覆いかぶさり、素早く壇上から退避させる。
しかし、まだ終わりではなかった。
パン、パン。
別の方向から銃声が響く。
「がっ...!」
ガランの左肩に衝撃が走った。続いて腹部にも熱い痛みが突き抜ける。
振り返ると、信じられない光景があった。撃ったのは観客の中に紛れていた男と、なんと舞台袖に控えていた軍関係者だった。
(内通者か...!)
血を流しながらも、ガランは反撃する。観客の男に一発、軍関係者に一発。どちらも正確に命中させた。
「船長!」
レイとブレイドたちが駆け寄ってくる。ガランを囲むように守りながら、残りの犯人を制圧していく。
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膝から崩れ落ちそうになりながら、ガランは腹部を押さえた。赤い血が指の間から溢れ出てくる。
「はぁ...はぁ...なんで...」
息が荒い。視界が霞み始める。
「なんでいつも俺ばっかりこんな目に...」
「船長、喋らないで!」
レイが叫ぶ。
「医者!医者を呼べ!」
セラフィナが血相を変えて駆け寄る。
「ガラン様!しっかりしてください!」
「医療班、急げ!」
騒然とする中、ニーナが護衛を振り切って飛び出してきた。
「ガラン!ガラン!」
彼女の顔は蒼白だった。純白のドレスに、ガランの血が飛び散っている。
「大丈夫だ...」
ガランは弱々しく笑う。
「慣れてるから...」
「馬鹿!何言ってるの!」
ニーナの目から涙が溢れる。震える手でガランの傷口を押さえようとするが、血は止まらない。
「ニーナ様、危険です!まだ犯人が...」
「うるさい!」
ニーナの怒号にセラフィナが怯む。
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担架が運ばれてきて、ガランは慎重に乗せられた。血は大量に流れているが、意識はまだはっきりしている。
「な、なあ...」
ガランはヘラヘラと笑いながら、ニーナを見上げた。
「お前の旦那ってちょっと割に合わないんだけど...」
「何言ってるの!黙ってて!」
「もう入院3回目だぜ...」
ガランは苦笑する。
「身がもたねえ...」
「馬鹿!そんなこと言ってる場合じゃ...」
ニーナの声が震えている。
レイが駆け寄ってきて、状況を確認する。
「船長、大丈夫ですか?」
「ああ...なんとか...」
セラフィナがニーナを支えながら、救急車へ向かう。
「病院へ急ぎましょう!」
港町の人々は、呆然と立ち尽くしていた。新女帝の演説会が、まさかこんな結末を迎えるとは誰も予想していなかった。




