表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/177

第百十七話「穢れた血」



港の朝は穏やかだった。海鳥の鳴き声と潮の香りが、雷牙号の甲板を包んでいる。ガラン・ベルは船長室で、溜まった郵便物の整理をしていた。輸送業を再開してから、各地の取引先からの連絡が増えている。


「請求書、請求書、広告...なんだこれは?」


茶封筒の中から、一通の手紙を取り出す。差出人の名前はない。嫌な予感がして開封すると、乱暴な筆跡で書かれた文面が目に飛び込んできた。


『穢れた血を帝国に入れるな。農民の分際で恥を知れ』


ガランは眉をひそめた。文面を何度か読み返し、深いため息をつく。


「...なんだこりゃ」


しばらく考え込んでいると、ドアがノックされた。


「船長、レイです。朝の見回り終わりました」


「ああ、ちょうどいい。ちょっとこれ見てくれ」


レイが入ってきて、手紙を受け取る。内容を読んだ途端、彼の顔が曇った。


「あぁ~...」レイは腕を組んで唸る。「特定されちゃいましたか...これは面倒なことになりましたね」


「特定?」


「要するに、船長とニーナ様の関係が世間にバレたってことです。で、血統の違いを指摘してる。熱心な帝政愛国者からの投函でしょうね」


その声を聞きつけて、船員たちがぞろぞろと集まってきた。


「どうしたんですか、船長?」トムが覗き込む。


「脅迫状みたいなもんだ」ガランは他の郵便物も開け始める。案の定、似たような内容の手紙が次々と出てきた。


『ボム家の血を汚すな』

『身の程を知れ、田舎者』

『女帝陛下から手を引け』


ジャックが一通を手に取って読み上げる。「『穢れた血』だって。ふざけんな!船長の血はきれいだろ!」


「そうそう!」トムも憤慨する。「健康診断も問題なかったし!」


「性病も今のところないもんな!」アザリアが付け加える。「ニーナちゃんと関係する前に、しっかり調べたもんね」


「なんで知ってるんだよ!」ガランが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「いや、だって船長、自分で言ってたじゃないですか」ジャックがケラケラ笑う。「『俺、ちゃんと検査受けてきたから』って」


「酔った勢いで言ったことを...」


そんな中、トムが一通の手紙を広げて固まった。


「あー...これは...」


「なんだ?」


「『ロリコン野郎』って書いてあります」


船内に微妙な沈黙が流れた。


ジャックが咳払いをする。「これに関しては...言い訳できないな」


「10歳差だもんな」トムが指折り数える。「船長30歳、ニーナ様17歳...」


「よくよく考えなくてもちょっと犯罪だよね」アザリアが遠慮なく言う。「手籠めにしたって見られてもしょうがないかも」


「お前らどっちの味方なんだよ!」ガランが机を叩く。


「いや、味方ですよ、もちろん」ジャックが慌てて弁解する。「でも客観的に見ると...ねぇ?」


「普通に未成年ですよ」トムが肩をすくめる。「どうせ襲ったんでしょ?って思われてるんじゃ...」


「逆だろ!俺の方が無理やり...」ガランは言いかけて口を閉じた。


レイは黙ってその様子を見ていたが、内心では深刻に考えていた。


(これは...想像以上にまずいな。熱心な支持者の中には、過激な行動に出る奴もいるかもしれない)


「とりあえず」レイが口を開く。「これらの手紙は全部保管しておきましょう。証拠になりますから」


「証拠?」


「まあ、念のためです」レイは曖昧に笑う。「それより船長、明後日にはニーナ様と合流でしたよね?」


「ああ、そうだが」


「その時までに、もう少し警備を強化した方がいいかもしれません」


ガランは手紙の山を見下ろして、深くため息をついた。


「面倒なことになったなあ...」


窓の外では、穏やかな海が広がっている。しかし、その平和な風景とは裏腹に、不穏な空気が漂い始めていた。


「でも船長」ジャックが明るく言う。「これって逆に考えれば、船長が有名人になったってことですよ!」


「全然嬉しくねえよ」


「『女帝の愛人』って肩書き、かっこよくないですか?」


「やめろ」


「歴史に名を残しますよ!『農民から女帝の夫になった男』って!」


「最悪だ...」


その時、また一通の手紙が机の上に落ちた。差出人を見ると、ガランの顔が青ざめた。


「実家からだ...」


「おお、ご両親から?」トムが覗き込む。


震える手で封を開ける。母親の丁寧な字で、短い文章が書かれていた。


『新聞を見ました。あなたたち、大丈夫?心配しています。父さんは「息子は立派にやってる」と言ってますが、私は不安です。くれぐれも気をつけて。PS.リリーが「お義姉さんに会いたい」と騒いでます』


ガランは手紙を机に置いて、頭を抱えた。


「...母さんまで心配させちまった」


レイはその様子を見て、改めて決意を固めた。何があっても、この男を守らなければならない。ニーナ様のためにも、帝国の未来のためにも。


「船長」レイが真剣な顔で言う。「俺たちがついてます。何があっても」


船員たちも頷く。


「そうですよ!」ジャックが胸を張る。「俺たち、船長の仲間じゃないですか!」


「たとえ相手が帝国中の愛国者でも」トムが拳を握る。「船長は俺たちが守ります!」


「お前ら...」ガランは少し目を潤ませた。


「まあ、ロリコンなのは事実ですけどね」アザリアがボソッと呟く。


「くそがよ!」ガランが叫ぶ。


船員たちの笑い声が、港に響いた。しかし、その陽気な雰囲気の裏で、レイだけは警戒を解かなかった。手紙の中には、ただの批判では済まない、本物の殺意を感じるものも混じっていたからだ。


(明後日、ニーナ様と合流する時が一番危険だな...)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ