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第百十五話「ヒモ」


田舎の空港に着陸した雷牙号の食堂で、男たちがカードゲームをしていた。煙草の煙が充満し、安酒の瓶が並んでいる。ガランは頬に貼った絆創膏を触りながら、深いため息をついた。


「はぁー...」


カードを投げ出して、天井を見上げる。


「あれでよかったのかなあ」


ジャックとトムは顔を見合わせた。


「いや、俺たちに言われても...」


ジャックが困った顔をする。


「俺たちの器量で分かることでもないし...」


トムも肩をすくめる。


「そもそも俺ら、女帝の旦那になったことなんてないし、想像もしたことないし」


当たり前のことを言われて、ガランは苦笑いした。


「でもさ」


ジャックがカードを切りながら言う。


「あの向こうのブレイドのお姉さん、セラフィナさんが様付けで呼ぶようになったのがいい証拠っていうか...正しかったんじゃないですか?」


「そうかもな...」


ガランは酒を一口飲んだ。喉を焼くアルコールが、少しだけ気を紛らわせてくれる。


「本当は俺もそんな器量じゃねえよ...」


自嘲的に笑う。


「話聞いたらマジの天才らしいじゃねえか。しかも法力300越えって...」


「300!?」


船員たちが目を丸くする。


「怒らせたら壁のシミだぜ... 正直あの時よく死ななかったなって」


「聞いたとこ、どうも4大家の女ってそんな感じらしいですよ、急に能力がある日を境に爆増するらしいです、成人するってことなんですかね? 何かのきっかけで猫かぶりをやめるみたいな、そんな時期があるみたいで」


「なんかトラの子供みてえだな」


「擬態みたいな感じなのかな?」


「あー、猫がかわいいのってそういう理由らしいぜ」


「へー」


ガランは頭を抱えた。


「昨日変な夢見ちまってよ...」


「どんな?」


「あいつのお菓子食ったら、消し炭にされたんだよな...」


「うわぁ...」


「けど現実に可能っていうか...なあ、お前ら代わってくれる?」


トムが即座に首を振った。


「俺たち色町の女の子が待ってるからさあ...」


「あ、そういえば」


ジャックが思い出したように言う。


「アティとモニカはどうなんですか?なんか街で買い物行ってたじゃないですか。乗り換えるとか...」


船員の一人がタバコを吹かしながら言った。


「いや、それやったら消し炭確定だろ...」


---


ガランは額に手を当てた。通信機から聞こえてくる報告が頭をよぎる。


「なんか連絡来て、すげえ度々泣いてるとかいうし...」


「泣いてるんですか?」


「いや、けど...あいつの横暴もひどかったし...」


ガランは酒を煽った。


「けど大丈夫なのか分からねえんだよ...俺そこまですごい器量じゃねえってわかってんだ」


椅子にもたれかかって、疲れた顔で続ける。


「本来なら関わらない人間だったのに...本当は女帝叱るなんてマジあり得ねえんだよ...」


「そりゃそうですよね」


「ちょっと最近夢見が悪くてさ...」


ガランは若干疲れた様子で、新聞を指差した。先日の市民が撮った写真が一面を飾っている。『新女帝、庶民の男性と親密な関係』という見出しが躍っていた。


「ただでさえ、色々脚色されてるの聞くと...なんかいつか熱心な信者から狙撃されそうな気がする...」


深くため息をついた。


「なんかもう...嫌ってくれた方がいいんだけど...」


トムが苦笑いした。


「まあ、あんだけぶちかましたらあり得ますけど...向こうで泣いてるんでしょ?」


「そうらしい」


「じゃあ嫌われてはいないんじゃ...まあ、心苦しいですけど...」


ジャックが不安そうに言う。


「もしかしたら、もう会いたくないとかで、このままずっと分かれることに?」


---


その時、食堂のドアが開いて、レイが現れた。現在は地上の田舎空港に着陸しているので、両方の船の行き来が可能だった。


「よう、みんな」


レイは船員に挨拶してから、ガランに向き直った。


「これからは俺はこっちに乗ります」


「構わねえけど、意味なくないか?」


ガランは眉をひそめる。


「連絡なら通信でいいだろ」


船員も同意する。


レイは頭を掻いた。


「いや、その...船長の護衛が必要だってことになって」


「俺?」


ガランは不思議そうに首を傾げる。


「俺は貴族でも重要人物でもねえぞ」


「いや、船長に死なれると...」


レイは言葉を選びながら続ける。


「多分、ええっと、ニーナ様がマジの暴君になりそうというか...」


船員たちが息を呑む。確かに、それは恐ろしい想像だった。


「ええっと、都までは別行動ってことでしたけど...」


レイは提案した。


「いや、船長はこっちに乗りませんか?警護しやすいですし」


「は?」


「ニーナ様も随分反省されたようで、あんまり間を開けると今度は別の不安があるというか...」


「別の不安?」


船員が聞く。


レイは深刻な顔になった。


「ニーナ様が嫌われたと思って飛び降りでもされると困るんですよね...」


食堂が静まり返った。


---


ジャックが口笛を吹いた。


「いやあ、嫌われてなくてよかったですね船長...」


「ヒモもここまで来ると立派ですよ」


トムも頷く。


「むしろメンターというか」


「そうそう」


ジャックが続ける。


「船長一人がヒモになることで帝国の未来が決まるわけですから」


「俺はヒモじゃねえ...」


ガランは渋い顔をした。


考え込むように言う。


「ニーナはあれだ、初めて会った大人が俺だったってだけなんだよ」


レイに向き直る。


「レイ、いい男いっぱいいるだろ。あいつにモーションかけれそうなイケメン貴族男が」


レイは苦笑いした。


「そんなことを前に各家とか各方面で考えたそうなんですけど...」


「で?」


「ちょっと病院送りが立て続けに起こりましてね」


「病院送り!?」


「いや、本当にスペックというか立派な男もいるんですけどね...」


レイは肩をすくめた。


「けどほら、テロ組織の基地に忍び込んで女一人攫って助けてやれる男はそんないないですからね」


レイはガランの肩を叩いた。


「都を爆弾テロから救えるのも兼ねられるのは珍しいですから。船長、もっと自信持って!」


ガランは腕を組んだ。決意を固めた顔で言う。


「いや、船に移るのはなしだ!」


「でも...」


「一度言ったことを覆したら味をしめる。泣けば許されるなんて覚えさせたらダメだ!」


その言葉に、レイは真顔になった。


「旦那っていうよりお父さん?」


---


船員たちがどっと笑い出した。


「あぁ、それだいぶ前から俺も思ってた」


トムが涙を拭きながら言う。


「そういえば関係持つ前からそんな感じだったよな」


ジャックも頷く。


「モニカもガランパパとか言って笑ってたけど、そういうことだよな」


「違う!」


ガランが抗議するが、誰も聞いていない。


「でもさ」


レイが真面目な顔に戻る。


「冗談抜きで、船長の身の安全は重要なんです。ニーナ様の精神状態が...」


「分かってる」


ガランは頷いた。


「だから護衛は受け入れる。でも、向こうには行かない」


レイは諦めたようにため息をついた。


「了解です。じゃあ、俺はこっちに常駐します」


---


夜になって、ガランは甲板に出た。遠くに軍艦の明かりが見える。あそこにニーナがいる。泣いているという。


「俺は正しいことをしたんだ」


独り言のように呟く。でも、心のどこかで疑問が湧く。本当にそうか?


「船長」


振り返ると、レイが立っていた。


「なんだ?」


「通信です。セラフィナ隊長から」


通信機を受け取る。セラフィナの声が聞こえてきた。


『ガラン様、ニーナ様は少し落ち着かれました』


「そうか」


『でも...時々、窓の外を見て泣いています』


「...」


『明日の会議は問題なくこなされると思いますが...』


ガランは通信を切った。胸が痛む。でも、これが必要なことだ。ニーナが成長するために。


「親父さんも大変ですね」


レイが茶化すように言う。


「だから違うって言ってるだろ」

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