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第百四話「女帝の采配」



翌朝、修復された会議室に、再び四大家と軍部の幹部たちが集まった。


昨日とは違い、全員が緊張の面持ちで席に着いている。新しいテーブルを囲み、誰も私語一つ漏らさない。


ニーナが入室すると、全員が一斉に立ち上がった。


「お座りください」


冷たい声で告げ、自身も上座に着く。


「では、始めましょう」


財務省の役人が恐る恐る立ち上がった。


「法石の産出量についてご報告します。東征大陸の第三鉱山で——」


「待って」


ニーナが手を上げる。


「その前に、過去三年間の産出量推移表を見せなさい」


「え、あ、はい……」


慌てて資料を探す役人。


「ここです」


震える手で差し出された書類を、ニーナは素早く目を通す。


「おかしいわね」


「は?」


「第三鉱山の産出量、二年前から急激に落ちているのに、第五鉱山への投資が減っている。なぜ?」


「それは、その……予算の都合で……」


「予算?」


ニーナの目が鋭くなる。


「同時期に第七鉱山には倍の予算をつけているじゃない。産出量は第五の半分なのに」


「……」


役人が言葉に詰まる。


「汚職ね」


断定的に言い放つ。


「第七鉱山の管理者と癒着があるでしょう。調査しなさい。三日以内に」


「は、はい!」


続いて、軍事担当が報告を始める。


「東征大陸の反乱鎮圧について——」


「補給線は?」


「え?」


「鎮圧部隊への補給線よ。どうなってるの?」


若い参謀が地図を広げる。


「現在、首都から直接、海路で——」


「馬鹿なの?」


ニーナが地図を指さす。


「ここに中継基地を作りなさい。燃料消費が三割削減できる」


「しかし、そこは中立地帯で——」


「だから?」


冷たい視線を向ける。


「交渉すればいいでしょう。法石の優先供給権と引き換えに、基地使用を認めさせなさい」


メルベルが目を見開いた。


(これだ!)


亡きアジョラを思い出す。あの非情なまでの理詰め、論理から導かれる的確な政策。おそらく法力の異常な成長に従って脳の働きも以前より格段に向上したのだろう。今ならどんな難しい計算も暗算で行えるに違いない。


「それから」


ニーナが続ける。


「歩兵師団の配置がおかしい。なぜ平原に重装歩兵を? 山岳地帯には軽装部隊を配置すべきでしょう」


「伝統的に——」


「伝統?」


鼻で笑う。


「伝統で戦争に勝てるなら苦労しないわ。機動力を重視しなさい。電撃戦の基本も知らないの?」


技術部門の発表が始まった。新型法力アーマーの開発責任者が、誇らしげに説明を始める。


「この新型は、従来比で出力が20%向上し——」


「関節部の耐久性は?」


「え?」


「見せて」


設計図を手に取り、素早く目を通す。


「ここ、応力集中するわよ」


指で示す。


「実戦で300時間も持たない。なぜ気づかなかったの?」


技官の顔が青ざめる。


「し、しかし、シミュレーションでは——」


「シミュレーション?」


ニーナが立ち上がる。


「実際に乗って戦ったことあるの?」


「いえ……」


「私はあるわ。二年間、最前線で」


会議室が静まり返る。


「対策は?」


「あ、その……」


「ないのね」


ため息をつく。


「補強材をここに追加。重量は増すけど、信頼性の方が大事。三日で設計し直しなさい」


「はい!」


物流担当が震え声で報告する。


「輸送効率の改善について——」


「なぜ首都経由?」


「は?」


「見て」


ニーナが地図に線を引く。


「東征大陸から緑海大陸への物資輸送、なぜわざわざ首都を経由させるの? 直接航路を作れば輸送時間が40%短縮できる」


「セキュリティの問題が——」


「護衛艦を付ければいい。コストは増えるけど、時間短縮の利益の方が大きい」


次々と指摘が続く。


「なぜ夜間飛行をしないの?」


「どうして倉庫がこんなに分散してるの?」


「この部隊配置、無駄が多すぎる」


「予算配分が不合理。優先順位を見直しなさい」


メルベルは感嘆していた。


(まるで母上が蘇ったようだ)


「今まで、何をしていたの?」


ニーナが全員を見渡す。


「アジョラ様が亡くなってから、たった数年でこんなに劣化するなんて」


「申し訳ございません」


メルベルが深々と頭を下げる。


「心得不足でした」


「言い訳は聞きたくない」


ある貴族が恐る恐る手を挙げた。


「あの、ニーナ様。伝統的な手法にも利点が——」


「どんな?」


「その、先人の知恵というか……」


「具体的に」


「……」


答えられない。


「出ていきなさい」


「え?」


「無能は要らない。出て行け」


貴族は青ざめて、逃げるように退室した。


別の若い官僚が勇気を振り絞って発言する。


「ニーナ様、ご指摘の輸送路ですが、季節風の影響を考慮すると、別のルートの方が——」


地図を広げて説明する。


「なるほど」


ニーナが頷く。


「確かに、冬季はそちらの方が効率的ね。採用します」


「あ、ありがとうございます!」


正しい提案は受け入れられ、無意味な反対は排除される。


発言するのも命がけだった。


「植民地の暴動について」


軍事顧問が報告する。


「現在、三個師団を投入していますが——」


「多すぎる」


「は?」


「暴動の規模から考えて、一個師団で十分。残りは予備として温存しなさい」


「しかし、安全を考えると——」


「安全?」


ニーナが冷笑する。


「過剰な軍事力は反感を生むだけ。適切な規模で迅速に鎮圧する。これが基本でしょう」


そして付け加える。


「鎮圧後は、現地に学校と病院を建設しなさい」


「学校と病院?」


「アメとムチよ。力だけでは統治できない」


会議は三時間に及んだ。


最後に、ニーナが立ち上がる。


「三日後、また報告を聞きます。それまでに、今日指摘した点を全て改善しなさい」


「三日!?」


「問題?」


冷たい視線に、誰も反論できない。


「できなければ、代わりはいくらでもいる」


全員が震え上がった。


会議が終わり、メルベルだけが残った。


「見事でした」


「当然のことをしただけよ」


ニーナが疲れたように座り直す。


「メルベル、正直に言って」


「はい」


「この国、もう限界でしょう?」


メルベルが苦笑する。


「……ええ。母上がいなくなってから、誰も責任を取ろうとしない」


「だから私が必要なのね」


「はい」


ニーナは窓の外を見つめた。


帝都の街並みが広がっている。


(ガラン……)


心の中で呟く。


(もう少しだけ、頑張るから)


でも、この重責がいつまで続くのか。


それは、誰にも分からなかった。

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