第十話「育ちの差と裏取引」
雷牙号の船室で、ラムザは頭を抱えていた。
問題は、ニーナだった。
船員が持参してくれた食事を、彼女は遠慮なく手づかみで食べている。パンをちぎり、肉を掴み、汁をすする。そして汚れた手を、そのままズボンで拭いている。
音も派手だ。くちゃくちゃ、ずるずる。皇帝の前で、である。
着替えも遠慮がない。ラムザが同じ部屋にいるのに、平然と服を脱ぎ始める。
「おい」
ラムザが小声で注意した。
「お前、演技中とはいえ、いいところのお嬢様で通っているんだ。もう少し立ち振る舞いに敬意を払え、マナーというのを知らんのか?」
「マナーですか?」
ニーナは首をかしげた。自覚が全くない。
「そうだ。まず、手で食べるな。この道具を使え」
ラムザはフォークとナイフを示した。
「これで?」
「そうだ。それから、音を立てるな。口を閉じて食べろ」
「こうですか?」
ニーナは不器用にフォークを握った。
「違う。もっと上品に」
ラムザは実演してみせた。
「言葉遣いもだ。軍人っぽい話し方じゃなくて、もう少し自然に上品に話せ」
「『承知しました』じゃなくて、『わかったわ』とか『そうね』とか、普通の女性らしく話せ」
「わかった......わ?」
「そうだ、それでいい」
ラムザは安堵した。少しは様になってきた。
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一方、帝都では四大家の緊急会議が開かれていた。
「大変なことになったぞ」
エンキドゥ・ボムが深刻な表情で報告した。
「ラムザ殿下への襲撃は、明らかに計画的な暗殺未遂だ」
「メルベルが現地に向かっています」
副官が報告した。
「無事確認次第、連絡が来るでしょう」
「それにしても、最近のテロは異常だ」
イナンナ・ベオルブが鋭い視線をギルガメシュに向けた。
「ナブ家、何か知っているのではないか?」
「何のことでしょうか」
ギルガメシュは平然と答えた。
「お前の家は他国との交易が多い。共和主義者の資金源について、何も聞いていないのか?」
エレシュキガル・イシュタルも詰め寄った。
「外国からの支援、武器の流入......商取引の中で情報が入ってくるはずだ」
「我々は正当な貿易をしているだけです」
「正当?」
イナンナが冷笑した。
「お前の家は、結局のところ我々の方針とは違うだろう。共和制を目指している以上」
エンキドゥも微妙な表情だった。ナブ家は現在ラムザ擁立を支持しているが、最終目標は議会制。完全に信用はできない。
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会議の後、イナンナとエレシュキガルは別室で密談していた。
「いったいどうするの?」
エレシュキガルが嘆息した。
「メルベル......私の息子なのに、なぜボム家の男児擁立なんて」
「あの子は政治を理解していないのよ」
イナンナが苦々しく言った。
「軍事的地位も民衆人気も高いのに、全く私たちに協力しない。頭の痛い存在だわ」
「この際、ラムザを共和主義者に襲わせ続けるという手も......」
「それも一つの手ね」
イナンナが考え込んだ。
「どうせ男系を擁立するなら、メルベルを擁立した方がまだ——」
「いや、何を言っているの」
エレシュキガルが首を振った。
「男系擁立はアジョラの息子がラムザだからという理由だからよ。メルベルを擁立する必要はないでしょう」
「確かにそうだったわね......ちょっと混乱してて」
イナンナも困惑した表情だった。
「あの息子はいったい何をしているのかしら」
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同じ頃、雷牙号は次の空港に着陸していた。
「よし、荷下ろしだ」
ガランが船員たちに指示を出した。
話の通じる職員が近づいてくる。
「ガランさん、実は帝国軍があなたの船を追跡しているという情報が......」
「分かってる」
ガランは金袋を渡した。
「記録の改竄、よろしく」
「任せてください」
船員たちも慣れた手つきで、違法荷物を正規貨物として処理していく。人の無許可輸送という事実も、適当に誤魔化される。
しかし、空港の影で、共和主義者たちが雷牙号を監視していた。
「雷牙号、確認。皇帝はまだ船内にいる」
無線で報告が飛ぶ。
「次の移動先を追跡継続」




