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第一話「四つの家の亀裂」

初代女帝ニイナが帝国を建てて、約600年。

「空の時代」と呼ばれる繁栄の中、

飛空艇が空を翔け、帝国は世界を支配していた。


ガラン・ベル――ワイン農家の三男坊にして、運送船の船長。

気楽な空の旅を楽しむだけの男だったはずが、

ある日、奇妙な依頼を受けることになる。


ニーナ――戦争孤児から軍人となった金髪赤目の少女。

口が悪く、喧嘩っ早く、どこか影を抱えている。


二人が出会ったとき、

「女帝の遺産」をめぐる冒険が幕を開ける。


空賊、陰謀が渦巻く、闘争の中で

奇妙な船乗りと孤児の軍人が繰り広げる、

笑いあり涙ありの空の冒険譚。

第一話「四つの家の亀裂」


帝紀600年3月。


新エリドゥ、帝国枢密院。巨大な円卓を囲んで、四大家の当主たちが集まっていた。前女帝アジョラ9世の崩御から二ヶ月。帝国は未だ新たな女帝を戴けずにいた。


「もう一度言う」


ボム家当主、エンキドゥ・ボムが拳を机に叩きつけた。四十代半ばの男は、帝国軍最高司令官の威厳を纏いながらも、焦燥に顔を歪めている。


「ラムザは正統なボム家の血を引く。600年の伝統を少し曲げてでも、帝位に就けるべきだ」


「少し?」


ベオルブ家当主、イナンナ・ベオルブが冷たく笑った。五十代の女性は、優雅に足を組み直しながら言葉を続ける。


「600年よ、エンキドゥ。600年間、女帝が帝国を導いてきた。それを『少し曲げる』ですって?男には理解できないかもしれないけれど、これは帝国の根幹に関わる問題なのよ」


隣に座るイシュタル家当主、エレシュキガル・イシュタルが頷いた。イナンナより十歳ほど若い彼女は、姉を見るような親愛の眼差しをベオルブ家当主に向けている。


「イナンナの言う通りだわ。そもそも初代女帝の法力は女性にこそ強く発現する。男のラムザに何ができるというの?剣を振り回すこと?」


エンキドゥの顔が紅潮した。


「剣を侮辱するか!ボム家は――」


「メルベル様の剣の家、でしょう?」


イナンナが遮る。


「でも今は帝紀600年。もう剣の時代じゃないのよ。法力アーマーも、航空戦艦も、全て法石技術。そして法石を扱う才能は圧倒的に女性が優れている。違う?」


「統計的事実ですわ」


エレシュキガルが資料を開く。


「過去100年の法力測定記録。女性の平均値は男性の3.7倍。最高値に至っては女性が独占。申し訳ないけれど、男は使えないのよ」


「男が使えない?」


部屋の隅から、低い声が響いた。全員が振り返る。


壁にもたれて立っていたのは、二十五歳の若い男だった。黒い軍服に身を包み、その存在感は異常なほど重い。


「メルベル......」


エレシュキガルが息を呑む。自分の息子でありながら、彼女は明らかに怯えていた。


「面白い話だな、母上」


メルベル・イシュタルはゆっくりと歩み寄った。彼の周囲の空気が歪み始める。炎の法力が溢れ出していた。


「男は使えない、か。俺も男だが?」


室温が急激に上昇する。イナンナが額の汗を拭った。


「あなたは......例外よ」


「例外?」


メルベルは鼻で笑った。


「測定値300の例外か。俺は男女差などないとおもっているがな」


「くだらないね」


メルベルという、建国の父の名前を付けられた男は鼻で笑った。


「メルベル」


エンキドゥが咳払いをした。


「前女帝陛下の遺言により、お前の出席は必要だが――」


「くだらねえ」


メルベルは舌打ちした。


「こんな茶番に付き合わされて、ラムザが一人で地方演説してるんだぞ。13歳のガキが、必死に民衆に語りかけてる。で、お前らは何してる?椅子取りゲームか?」


「無礼な!」


イナンナが声を荒げるが、すぐに黙った。メルベルの瞳が赤く光っている。


「前女帝陛下は言ったよな」


メルベルは淡々と続ける。


「『メルベルを大元帥に。軍の全権を与える』って。なのに俺を呼び出して、この茶番。時間の無駄だ」


ギルガメシュ・ナブが身を乗り出した。


「では、あなたはどうすべきだと?」


「簡単だ」


メルベルは腕を組んだ。


「ラムザを皇帝にする。実権は議会か摂政か、好きにしろ。ただし、あのガキが大人になるまでは俺が守る。文句あるか?」


エレシュキガルが恐る恐る口を開いた。


「でも、女系継承の伝統が――」


「伝統?」


メルベルの法力がさらに膨れ上がった。机の上の書類が焦げ始める。


「始祖メルベル様は男だったろ?なのに男はダメ?笑わせるな」


「それは――」


「聞け」


メルベルは全員を睨みつけた。


「始祖が作った世界を、俺は守る。だが、今の帝国は歪みすぎてる」


ギルガメシュが眉を上げた。


「ほう、では議会制に――」


「黙れ」


メルベルの視線がナブ家当主に向く。


「お前が一番嫌いだ。共和制?始祖の血統を否定する気か。歴史そのものを否定する気か」


ギルガメシュが黙り込む。


「だが」


メルベルは続けた。


「この大陸またぎの帝国も限界だ。無理に維持して混乱招くくらいなら、植民地には自治を認めろ。宗教も文字も好きにさせろ。人頭税と法人税だけ搾り取れば十分だ」


イナンナが驚いた。


「それは帝国の解体――」


「解体じゃねえ。現実的な統治だ」


メルベルは吐き捨てるように言った。


「俺はアジョラ母上に言われた。『ラムザを頼む』って。だから守る。お前らがグダグダ言ってる間も、共和主義者はテロを計画してる。東征大陸は独立の準備してる。それでもまだ続けるか?この茶番を」


沈黙が落ちた。


「俺は戻る」


メルベルは踵を返した。


「ラムザのところにな。決まったら連絡しろ。それまで俺は、あのガキが民衆に石を投げられないよう守ってやる」


扉に手をかけた時、エンキドゥが言った。


「待て。お前の提案を――」


「提案じゃねえ」


メルベルは振り返らずに言った。


「通告だ。ラムザに手を出す奴は、俺が焼き殺す。議会だろうが四大家だろうが関係ない」


その時、扉が勢いよく開いた。


「失礼します!緊急事態です!」


親衛隊の士官が飛び込んできた。


「中央広場で爆発!共和主義者のテロです!」


メルベルが舌打ちした。


「ほら見ろ。お前らが茶番やってる間に、これだ」


彼は士官を見た。


「死者は?」


「現在確認中ですが、十名以上の模様です」


「ちっ」


メルベルは扉を蹴り開けた。


「俺は現場に行く。お前らは好きにしろ」


その背中を見送りながら、四人の当主たちは顔を見合わせた。


議論している間にも、帝国は揺らいでいる。


窓の外で、黒煙が立ち上っていた。

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