第9話 壊滅寸前のパーティ
冒険者ギルドの昼は、朝よりも荒れている。
酒の匂いが混じり、声が大きくなり、
成功と失敗の差が、露骨に表に出る時間帯だ。
「ふざけんな! これで三回目だぞ!」
「だから言っただろ、前に出すぎだって!」
「もう無理だ……次は死ぬ……」
怒鳴り声が、受付前で響いていた。
アルトは、掲示板の端で依頼書を見ていたが、
その声に、自然と視線を向けてしまった。
三人組のパーティ。
装備は揃っているが、顔色が悪い。
前衛の剣士は肩を落とし、
後衛の魔術師は苛立ちを隠していない。
斥候らしき男は、今にも逃げ出しそうだった。
「……」
アルトは、視線を戻す。
関わらない。
それが、今の自分の生存戦略だ。
「次の依頼、どうする?」
「金がない。受けるしかない」
「……また、同じ場所か?」
断片的な会話が耳に入る。
――同じ場所。
――三回目。
――壊滅寸前。
アルトの足が、止まった。
掲示板の依頼書。
【旧森道・魔物出没調査】
危険度:中
備考:狭所・視界不良
それは、アルトが以前、
「避けた」依頼だった。
「……あそこは」
独り言が、漏れる。
地形が悪い。
挟まれやすい。
逃げ道が少ない。
――しかも、この編成では。
「おい」
声をかけられ、アルトは振り返った。
さきほど怒鳴っていた剣士だ。
目が血走っている。
「さっき、何か言ったか?」
「……いいえ」
本当だ。
言うつもりはなかった。
「だったら、見るな」
剣士は苛立ったまま背を向ける。
だが、その背中を見た瞬間――
アルトの胸に、嫌な感覚が走った。
――このまま行けば、死ぬ。
理由は、はっきりしている。
記録が、揃いすぎている。
「……」
一歩、踏み出す。
理性が、止める。
――関わるな。
――責任を取れない。
それでも。
「……一つだけ」
アルトの声は、小さかった。
三人が、振り返る。
「旧森道。
最初の分岐で、右に行かない方がいい」
「……は?」
剣士が眉をひそめる。
「何だ、お前」
「……記録者です」
「はぁ?」
魔術師が鼻で笑う。
「戦えないやつの助言か?」
「聞く必要ある?」
斥候だけが、黙っている。
アルトは、それ以上言わなかった。
説明もしない。
説得もしない。
ただ、事実だけ。
「右は、袋小路です。
逃げられません」
沈黙。
剣士が、舌打ちする。
「……そんなの、分かってる」
「三回も行ってるんだぞ」
「……そうですか」
アルトは、軽く頭を下げた。
「なら、いいです」
それだけ言って、踵を返す。
背後で、誰かが呟いた。
「……待て」
斥候だった。
「お前、どうしてそれを?」
アルトは、立ち止まる。
振り返らないまま、答えた。
「……右は、音が反響しません」
「?」
「空洞が多い。
魔物が、集まりやすい」
それだけ言って、歩き出す。
それ以上、関わらない。
翌日。
ギルドの空気が、少しだけ変わっていた。
「……あのパーティ、生きて戻ったらしい」
「一人、怪我したが……全滅は免れた」
「奇跡だろ」
アルトは、依頼報告の列に並びながら、話を聞いていた。
昨日の三人組が、入口に立っている。
疲れ切った顔。
だが、生きている。
斥候が、アルトを見つけ、近づいてきた。
「……昨日の」
「……はい」
「右、行かなかった」
短い言葉。
「……助かった」
剣士と魔術師は、少し離れた場所で、気まずそうにしている。
「俺たち……」
斥候は、言葉を探す。
「もう一度、話を聞いてもいいか?」
アルトは、少しだけ迷った。
――条件。
「……戦いません」
「分かってる」
「責任も、取りません」
「……それでもいい」
斥候は、深く頭を下げた。
アルトは、その様子を見て、静かに頷いた。
――始まってしまった。
自分が関われば、
他人の結果が変わる。
それが、どんな意味を持つのか――
アルトは、まだ知らない。
だが。
この一言が、
このパーティの運命を変えたことだけは、
確かだった。
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