第6話 一人とノート
森は、夜になると音が増える。
虫の羽音。
枝を踏む獣の足音。
遠くで鳴く、正体のわからない声。
アルトは焚き火を小さくし、岩陰に身を寄せていた。
「……」
誰もいない。
当たり前だ。
自分は、追放されたのだから。
膝の上にノートを置き、ページをめくる。
今日、そしてこれまでの記録。
ダンジョン内の地形。
ゴブリンの行動パターン。
仲間だった三人の動き。
ページの端には、細かい図と注釈がびっしり書かれている。
「……よく書いたな」
自分でも、そう思った。
誰に頼まれたわけでもない。
褒められることもなかった。
それでも、書き続けてきた。
――なぜ?
アルトは少し考えて、答えを出す。
「……見えてしまうから」
世界は、思ったより規則正しい。
剣の振りも、魔法の詠唱も、感情の揺れさえも。
全部、理由がある。
それを、ただ書き留めていただけだ。
ぱち、と焚き火が鳴った。
アルトは周囲に視線を走らせる。
危険はない。
少なくとも、今は。
「……明日、どうしよう」
訓練所には戻れる。
だが、居場所はない。
冒険者として登録することも、難しいだろう。
《記録者》は、嫌われる。
戦えず、成果が見えず、
しかも口を出す。
――嫌われて当然だ。
アルトはノートを閉じかけて、ふと手を止めた。
ページの隅。
自分でも覚えのない文字が、書かれている。
《再現可能》
「……?」
眉をひそめ、ページをめくる。
そこにも、同じ文字。
《再現条件:一致率83%》
《誤差:許容範囲》
「……書いた、覚えは……」
ない。
確実に、自分の字ではある。
だが、意識して書いた記憶がなかった。
アルトは、喉が鳴るのを感じた。
「……何だ、これ」
ノートを閉じ、もう一度開く。
すると――
先ほどまでなかったはずの図が、浮かび上がっていた。
今日の戦闘。
ガルドが踏み込みを遅らせた瞬間。
ゴブリンの爪が空を切った軌道。
それが、線として整理されている。
「……」
アルトは、息を止めた。
――記録した“現象”が、整理されている。
誰かが書き足した?
いや、そんなはずはない。
周囲には、自分しかいない。
恐る恐る、立ち上がる。
焚き火の前で、剣を構える真似をした。
ガルドの動きを、思い出す。
半歩、遅らせる。
――やってみる。
アルトは、踏み込んだ。
重心を前に。
だが、すぐ止める。
次の瞬間。
自分でも驚くほど、身体が安定していた。
「……え?」
転ばない。
ふらつかない。
ただの動作。
だが、いつもより明らかに“楽”だった。
「……偶然?」
もう一度。
ノートの図を思い出しながら、同じ動きをする。
同じ結果。
アルトの背中に、ぞくりとしたものが走る。
――再現、している。
剣技ではない。
魔法でもない。
ただ、
「見た通りに、動いているだけ」なのに。
アルトは、急に怖くなった。
このノートは、何だ?
自分は、何を記録してきた?
焚き火の光が、ノートの表紙を照らす。
一瞬だけ、文字が浮かび上がったように見えた。
《記録者:現象固定》
だが、次の瞬間には消えていた。
「……気のせい、か」
アルトは首を振る。
深く考えるには、疲れすぎている。
今日は、生き延びただけで十分だ。
再び岩陰に戻り、身体を丸める。
ノートを胸に抱きながら、目を閉じた。
「……明日も、生きよう」
それだけを考えて。
その夜、アルトは知らなかった。
自分が今、
世界で最も危険な“記録”を完成させつつあることを。
そして――
このノートが、
神すら恐れる存在になることを。
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