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最弱職《記録者》は戦えないけど、なぜか仲間が最強になる  作者: 神崎ユウト


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第2話 居場所のない教室

冒険者学校で、アルトに与えられた席はなかった。

戦闘訓練では後方待機。

作戦会議では発言権なし。

教官は言った。

「記録者は、邪魔になるな」

それが、この世界における

最弱職への正しい扱いだった。

 冒険者学校の訓練場は、朝から騒がしかった。


 木剣がぶつかる音。魔法が空を裂く音。

 十五歳になり、職を授かったばかりの生徒たちは、皆どこか浮き足立っている。


 ――自分の職が、どれほどの価値を持つのか。

 それを、早く証明したくて仕方がないのだ。


「次、前に出ろ。剣士と弓兵、模擬戦だ」


 教官の号令で、数人が前に出る。

 アルトは、壁際に立ったまま動かなかった。


「……お前はいい。記録者」


 教官がちらりとこちらを見る。


「戦闘訓練に出る必要はない。邪魔になるな」


 その言葉に、何人かが小さく笑った。

 アルトは何も言わず、頷く。


 ――邪魔。


 昨日から、何度聞いたかわからない言葉だった。


 訓練は続く。

 剣士が踏み込み、弓兵が距離を取る。

 その動きを、アルトは目で追い、ノートに書き留めていく。


 重心の移動。

 剣を振る前の、ほんの一瞬の癖。

 弓兵が後退する際、必ず右足から引くこと。


 書いても、意味はない。

 少なくとも、そう思われている。


「回復、遅い!」


 鋭い声が響いた。


 模擬戦の端で、リシアが慌てて詠唱を終える。

 淡い光が剣士の肩を包むが、少し遅かった。


「ご、ごめんなさい……!」


「はぁ……だから言ったろ。ヒーラーは落ち着けって」


 剣士が舌打ちする。

 リシアは肩をすくめ、俯いた。


 アルトは、その一連の流れを見ていた。


 ――魔力は足りている。

 ――詠唱も間違っていない。

 ――問題は……焦り。


 詠唱の最後。

 声がわずかに早くなっていた。

 本来置くべき“間”が、削られている。


「……」


 アルトはノートに書く。


 《治癒詠唱:終端で一呼吸置くと安定》


 だが、それを声に出すことはなかった。

 言ったところで、聞いてもらえない。


「次、全員で簡易連携だ!」


 教官の声に、生徒たちが集まる。

 アルトも、端のほうに立たされた。


「お前は後ろだ。何もするな。見てろ」


「……はい」


 連携訓練が始まる。

 前衛が突っ込み、後衛が魔法を撃つ。


 だが、動きが噛み合わない。


「おい、今のタイミング違うだろ!」

「急すぎるんだよ!」

「回復、まだか!」


 声が荒くなる。

 連携は崩れ、教官が手を上げて止めた。


「……今日はここまでだ。各自反省しろ」


 生徒たちは不満そうに散っていく。

 アルトは、その場に残り、ノートを閉じた。


「……」


 無意味だ。

 誰にも必要とされていない。


 そう思った、その時。


「アルト」


 小さな声がした。


 振り向くと、リシアが立っていた。

 指先をもじもじと絡め、落ち着かない様子だ。


「さっきの……私の回復、変だったよね?」


 アルトは一瞬、言葉に詰まる。


「……うん。少しだけ」


「やっぱり……」


 リシアは苦笑する。


「焦っちゃって。みんな見てると、どうしても……」


 アルトは、ノートを開いた。

 一瞬だけ迷ってから、彼女に見せる。


「ここ。最後に、少しだけ間を置くと……安定すると思う」


 リシアは目を見開いた。


「……そんなところ、見てたの?」


「……見てただけ」


 リシアは、しばらくノートを見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「ありがとう。次、試してみる」


 そう言って、微笑む。


 その笑顔を見て、アルトの胸が少しだけ軽くなった。


 ――無意味じゃない。


 そう思えたのは、初めてだった。


 だが、その光はすぐにかき消される。


「おい、記録者」


 鋭い声。

 振り返ると、ガルドが立っていた。


「今度の実地訓練、パーティ組むからな。人数合わせで来い」


「……僕が?」


「ああ。どうせ戦えないんだ、後ろで立ってろ」


 命令口調。

 だが、拒否権はない。


「……わかった」


 ガルドは満足そうに鼻を鳴らし、去っていった。


 リシアは、不安そうにアルトを見る。


「大丈夫……?」


「……大丈夫だよ」


 アルトはそう答えた。

 本心かどうかは、自分でもわからなかった。


 ただ一つ、確かなことがある。


 ――このままでは、追い出される。


 アルトはノートを握りしめた。


 戦えなくても。

 役に立たなくても。


 それでも、自分にできることを――

 記録することを、やめるつもりはなかった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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