第16話 世界の決断
その呼び出しは、あまりにも静かだった。
「アルト・レイン。
神殿より、正式な要請が出ている」
冒険者ギルドの管理担当が、淡々と告げる。
表情は、いつもと変わらない。
「……要請?」
「聴取、という名目だ。
拒否権は……ないと思っていい」
アルトは、少しだけ考えた。
「……行けば、戻れますか」
男は、答えなかった。
それが、答えだった。
神殿の会議室は、白すぎた。
壁も、床も、天井も。
光が反射し、影を許さない。
長机の向こうに、神官たちが並んでいる。
その中央に、見覚えのある顔があった。
リシアだ。
白い治癒師の装束。
だが、表情は硬い。
「……アルト」
小さく、名を呼ばれる。
アルトは、何も言わずに頷いた。
「アルト・レイン」
年配の神官が口を開く。
「君は《記録者》だな」
「はい」
「そして、近頃――
君が関与した戦闘の成功率が、異常に高い」
否定はしない。
「説明できるか」
アルトは、少しだけ考えた。
「……できません」
ざわり、と空気が揺れた。
「ふざけているのか」
「事実です」
アルトは、静かに続ける。
「僕は、戦っていません。
魔法も使っていません。
ただ……見て、言葉を出しただけです」
「それが問題なのだ!」
別の神官が、声を荒げる。
「職は、生まれ持った役割だ。
結果が再現されるなど――」
「……奇跡は、再現されてはいけない」
リシアが、かすかに呟いた。
その言葉に、アルトは目を伏せた。
「アルト・レイン」
中央の神官が、結論を告げる。
「神殿は決定した」
重い沈黙。
「君は――
管理対象 とする」
「管理……?」
「自由な活動は禁止。
今後の依頼は、すべて神殿監修のもとで行う」
実質的な、拘束だった。
「拒否した場合は?」
アルトが問う。
「危険指定。
冒険者資格の剥奪」
逃げ道は、ない。
「……アルト」
会議が終わった後、
リシアが声をかけてきた。
「私は……知らなかった」
「……うん」
「私、監視役みたいな立場で……」
言葉が、途切れる。
アルトは、彼女を見た。
「……ありがとう」
「え……?」
「教えてくれて」
リシアは、何も言えなくなった。
「リシアは、正しい場所にいる」
アルトは、続ける。
「僕は……違う」
「違わない!」
思わず、声が上がる。
「アルトは……アルトだよ」
その言葉に、アルトは少しだけ笑った。
「……そうだね」
でも。
「だからこそ、
僕は前に出ちゃいけない」
リシアは、唇を噛んだ。
その夜。
神殿の用意した部屋で、
アルトは一人、ノートを開いていた。
だが、今日は違う。
ページは、ほとんど白い。
書くことが、ないのではない。
書かないと決めた のだ。
ノートの中央に、
ただ一文だけを書く。
《指示:停止》
「……ここからだ」
アルトは、ペンを置いた。
逃げない。
従わない。
戦わない。
それでも――
世界は、彼を必要とする。
その矛盾が、
どこまで通用するのか。
それを確かめるのが、
最弱職《記録者》の最後の仕事 だった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと数話で完結になります。
ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




