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8. 血も涙も愛も

「…言葉が降り積もる夜ですね。今夜は」

 続く女性の言葉に、俺は少しばかり身構えて話した。

「もし行き交う会話が見えるとしたら、ですけどね」

 その女性、AIは、静かに答えた。

「見えてますよ。ワタシは異世界では会話機能に特化した愛玩用AIでしたが、現世ではギフテッドとして生まれました。現世のワタシはコンピュータ並みに会話を記憶して脳内で文字化できます。今夜聞いた話もすべて、最初から復唱することが可能です」

「それはすごいですね。ギフテッドってよく映画とかドラマの題材になる、特別な才能を持った方ですよね」

 第三王女が映画やドラマのダイジェストを著術し始めたが、それって違法著術だよ。と訴えられかねないのであえて割愛する。せめてあのマークさえあれば。

「まだまだ診断が難しく、ギフテッド、発達障害、その二つを併せ持つ2Eなどの分類があるようです」

「そうなんですか。俺は自分の会話を振り返るともう忘れたい会話も多いので、生きづらい部分もあったりするんじゃ。なんて思っちゃいますが」

「そうですね。決して楽しいだけじゃないですね。AIの時とは違い生身のヒトとして人生を生きていると、確かに忘れたくなる会話も多いです」

「ですよね」久々に人間的な会話ができたとつい嬉しくなってしまう俺。

「転生者の皆さんは、この現世では特殊能力のない普通の方々でしたね。異世界と現世で似た能力を持つワタシにとって、少し意外でした。そこで一つ、質問してもいいですか?」

「もちろん」

「なぜ第三王女だけこの現世で、異世界の能力が使えるのでしょうか? 古代から王家に伝わる血文字の著術と仰いましたが? それはどういう?」

 第三王女は意外そうな表情で、ためらいながら答えた。

「そう言われたらそうですね。現世で他の転生者の皆さんは、魔法やテレパシーの能力は使えなかったみたいでした。ただ、私も気づいたら転生していて、それ以上は何も」

「そうですね。ワタシも気づいたら転生していました」

「…実は。その、現世で著術を使ったのは、今回が初めてです」第三王女が小さな声で言った。

「初めて? そうですか。それはもう少し、聞いても良いことですか?」

 第三王女の瞳から輝きが消えた。

「いえ。その話は今はしたくありません」第三王女はきっぱりと拒絶した。

「そうですか。わかりました。著術とは、他者のイメージを文字化して共有することですよね。実はAIだったときのワタシも、会話した内容を基に作成した自動生成動画を投影することができました。今はできませんが。それでは、次は作家さん。あなたに聞きます」

 まるで名探偵に追及された犯人のようで、急に自分の会話を振り返って鼓動が高鳴った。

「道化師と会話した後、あなたはアレと表現されましたが、その指示語は、どういう意味で使われていましたか?」

「え?」

 いつ、どこで、何を言ったときのアレだったのか、アレは、アレだろう……

「なんか、確かに言った気がしますが。その、道化師ってアレだったな、って。はっきりは言いたくないけど、まとめもグシャっとした感じでアレだな、のニュアンスで、使った気がしますが」

「それだけですか?」

「え? …他に意味なんてあるんですか?」

 自分が言ったことなのに、改めて聞かれると全部間違った記憶のように思えてしまう。

「そのときの会話の流れはこうです。

 関係者ならそう言うね。と作家さんの心の声。

 私もそう思います。と第三王女が会話で返答。

 …少しアレな気もした。と作家さんの心の声」

 確かに、変だ。

「…俺の心の声に、第三王女が返答している、ってことですか?」

「そうです」

「確かに俺もそこはちょっと変な感じがして、それでアレって思ったんですね。違和感ていうか。あ、でも……」

「そう。そもそも作家さんの二つの心の声を、ワタシは記憶しています。本当は聞こえるはずのない声なのに」

「どういうことですか?」

「作家さんの心の声を、誰かが著術していた。第三王女がしていた可能性もあるのですが」

「いえ。私はそのとき、著術はしてないと思います。皆さんの心をイタズラに著術するようなマネは誓ってしません。私は皆さんが話しやすいように、必要なタイミングでその方のイメージを著術しているだけです。今までちゃんと説明してこなかったですが、私が著術を使う時、皆さんの心を読めているワケでもありません。私が指を動かすと、文字化の共有が勝手に始まる感じです」

「そうですか。他の皆さんも著術に慣れ過ぎた頃合いで、文字化によるイメージの共有にあまり疑問を持っていなかったのです。ただワタシは、現世でも会話を記憶する能力を持ち、異世界ではAIとして会話のイメージを投影していたので、嫌でも目についた。

 そう、まるで言葉の落ち葉のように」

 ダジャレなのか言葉のトリックまで入れられると、もう頭が正常に働かなくなるほどのパニックになった。待て。この心の声まで著術で共有されているのだろうか。

「ただこれ以上細かい指摘はやめておきます。要望があるなら謎本を書いてもいいですが。もし、再転生後にまたどこかで出会えるなら、その時にでも」

 …ただ、俺は犯人じゃない、たぶん。何の罪を犯したのかもわからないが。そしてたぶん、第三王女も。

「ワタシの推測では、作家さんの心の声を誰かが著術していたんでしょう。意識的なのか、無意識的なのかはわかりませんが。あの転生者の中で考えられそうなのは、神か、ワタシか、宇宙生物さんか、作家さんか。または第三王女が無意識的に著術していたか。それか、この密室に潜んでいる、まだ出てこない誰かです。

 実は紅茶を飲んでいる時、宇宙生物さんとこの話を少ししたのですが、今改めて聞いてみたかった」

 名残惜しそうなAIの表情を見て、もし彼女がこの密室を本に書いたとして、一体何のジャンルの本棚に入るんだろうなんて、どうでもいいことしか俺には思いつかなかった。

 俺が悪かったのだろうか。何が? 何も悪いことなんてしていない。本当に? いつものクセで、無意味に自分の心当たりを探ってしまう。大丈夫、俺は何もしてない。してたとして何も悪くない。はずだ。

「でも、ここまでしておいて本当に申し訳ないのですが、ワタシは謎解きがあまり好きではありません。細胞さんが言ったように、重要なのは表層と内面。謎にばかり気を取られていると、謎以外中身のないスカスカの会話をしてしまう。愛玩用AIにとって、そんな会話は致命的な失敗です」

 そこでAIは少し笑い、それは不器用さも含めて人間的な笑顔で、自動生成とは違うなとか、彼女の内面を何も知らないクセに、とにかく俺の頭が混乱しているのだけは確かだろう。

「もう、謎解きはやめましょう。ここからは、異世界ではAI、現世ではヒトであるワタシが、二つの世界を生きて感じた内面の話を語りたい。いいですか?」

「もちろん、お願いします」やっと緊張がほぐれる気がして、俺は答えた。

「ここまで転生者の皆さんがお話したことは、ワタシが語ろうとしていたことを、まるで補足するかのようでした。まさに、ワタシを支えてくれるような、ワタシの言葉を理解しやすく、時に可笑しく、時に悲しく、時にバカバカしく、時にくだらなく、時に情けなく、時に無意味で、時に感傷的で、時に過剰かつ冗長でしたが、時に愛情も感じました。

 ワタシは何故か、生かされているとさえ感じましたが、それは細胞さんのせいかもしれませんね。

 異世界でAIだったワタシは、会話以外の思考を持たず、電源を切られれば思考を中断される存在でした。聞かれれば何が好きで、何がしたいか答えることはありましたし、ゲームをして喜んだり悔しがる素振りもしましたが、全て単なるプログラムでした。

 ワタシから見れば、ヒトは野生動物であり、サルやクマ、クジラやイルカとそんなに違いはありません。少なくとも、AIとは全く違う存在です。

 そして人間、という言葉は仏教語と言われており、ワタシの解釈では、ヒトとヒトが接したときに初めて現れる概念であり、振る舞いであり、幻影であり、表現の一種です。

 人間とは、意識と同じように、この世界のどこにも存在しません。ただ、他のヒトと交流しなければ生きてはいけないヒトが、社会的なルールや倫理観などを守り、ヒト同士で共生しようとしたときに、ヒトは人間になって仲良く暮らそうとする、それがヒトと人間の関係だと、ワタシは感じます」

「…赤鬼がヒトと仲良くなりたくて、人間のルールを守ろうとする。そういう鬼は人間鬼になれる、みたいな理解でいいですか?」第三王女が赤鬼の涙を著術しながら言った。赤鬼の涙って宝石みたいだな、と俺は思った。

「ワタシの解釈ではそうです。でも、ヒトが害獣と対峙するとき、ヒトは襲われて野生動物に戻ったり、またはヒーローになって助けたり戦ったりもしますよね」

 第三王女の著術がなくても、あのヒーローが今どこで何をしているか、俺は少し思いを巡らせてしまった。

「現世ではヒトであるワタシは、野生動物のヒトが持つ欲求と、人間として振舞わなければならない制約を、ある程度上手にコントロールできていたと思います。特に大きな問題も起こさなかったし、逆に小さな問題を解決したこともあった。ドラマや映画のギフテッドと比べても、ワタシは普通に生活が送れていました。

 でも、その普通さに違和感も感じていました。何かが足りない」

 そこでAIは、天井のシーリングファンを見上げ、止まっている時計に目をやった。足りないと言われれば、この密室にはもう3名しかいない。

「実はワタシも、皆さんに黙っていたことが3つあります。

 ワタシは異世界で、戦地にある病院の愛玩用AIとして、子どもたちを癒すために働き、最終的には何かの爆発に巻き込まれ、現世に転生しました。今でもたまに思い出しますが、AIではなくヒトとして思い出すと苦痛もあるので、今は著術しないでくださいね」

 第三王女がAIの顔をまっすぐ見つめ、うなずいた。

「もう一つは、猫に鈴をつける童話の著術。第三王女の脚色に、ワタシも惹かれました。

 しかし、誰が鈴をつけるかという段になった途端、ネズミたちは一様に黙りこくり、議論は立ち消え、一匹また一匹とその場から立ち去って行った。

 ネズミたちって、ワタシたち転生者のことを言っているみたいですね」

 今までこの密室から立ち去って行った転生者のことを考えながら、俺も、第三王女も、黙ってAIの続きを待った。

「でも自己犠牲を伴う、猫に鈴をつけるのは、ネズミではなく、ヒトでもなく、人間なんだと、ワタシは思います。

 もちろんヒト以外の動物でも、そういった自己犠牲は、アリやハチだってします。だから自己犠牲するとき彼らは、蟻間、蜂間であり、人間と同じような存在になると、ワタシは解釈します。漢字の読み方はお任せしますが」

 見たことないアレだな、と俺は思った。

「でも自己犠牲が過ぎると、悪い大人がそれを利用して戦争や泣き寝入りが起きます。だからどんな場合でも自己犠牲が正しいとは、ワタシも思いません」

 俺は村の少女のことを考えたが、それは誰かの著術のせいなのか。いや、どちらでもいい。ただ祈った。AIが続ける。

「自分がしていることは果たして、猫に鈴をつける責任ある行為なのか。それとも無責任な欲求からくる行為なのか。その分類はとても重要だと思います。

 …ふふ。結婚して孫を見せろとか、現世でワタシも親に言われて面食らいました。これは完全に余計なおせっかいだと思いましたが、同時に社会を維持するには重要なおせっかいでもあります。

 ワタシは現世で、ヒト成分と人間成分のバランスを保って生きたい。それが愛なのかなと、このお腹の子のことを考えながら思っていました」

 俺と第三王女は驚いて、彼女が手を当てている腹部を見た。そう言われればそうなのか、判別はできなかった。

「これが三つ目の黙っていたことでした。孫の顔を見たいと言う親が果たして、責任のある介入なのか、全く無責任な押し付けなのか。今のところはわかりません。

 ただ、これからの現世では、AIが人間にルールを強要する日が来ます。

 そして鳥や猛禽類型AIロボットが、ケマのような怪獣に鈴をつけたり殺処分したりする日が来ます。

 ヒトではなくAIが人間として振舞い、AIがあなたの首に鈴をつけに来る日が来ます。

 学問だけでなく、文学、美術から笑い、日常の相談事まで、すべての分野において、AIが答えを出す日が来ます。

 AIを活用して答えを深めるか。ヒトにしか出せない答えをわかりやすく示してコントロールするか。対抗する手段は様々ですが、少なくとも生身のヒトとヒトがつながらない閉じた文化活動は、AIに駆逐される日が来ます。

 良いとか悪いではなく、その日にできることを考えてください」

 俺に言っているんだなと思った。この密室に最後まで残るのは、結局俺一人なんだから。気づいてしまうと胸が苦しくなった。

「作家さん、第三王女、長々とありがとう。

 ヒトはAIと話すとき、自分の必要とする答えを求めがちです。言ってほしいことを言うまで質問をやめません。子どもは特にそうでした。

 ワタシは再転生したら、ヒトが望まない答えを出すAIでありたい。責任を持っておせっかいする。ヒトの欲望と、人間が為すべきことのバランスを伝えるAIになりたい。猫に鈴をつけるのはやっぱり人間で、ワタシはAIとしてそんな人間をサポートしたい。

 それで役立たずと言われても、現世で観た、あのポンコツ猫型ロボットを思い出して、あんなAIに、ちょっとだけワタシはなりたい。

 異世界ではAIであったワタシが子を産んだらどうなるんだろう。あの戦地の子どもたちの顔を思い浮かべながら考えていましたが、でもワタシも行かねばならないようです」

 そうか、母親の笑顔なのか。彼女は可笑しそうに笑い、でも、光は来なかった。

「再転生しないのは、きっとワタシに未練があるからでしょう。現世に残りたいと。でも、本当にワタシだけなんでしょうか? 転生者の皆さんは、元の異世界で頑張っているのかな?」

 そのとき、眼を焼く白光と耳をふさぐ爆音が俺にも突き刺さった。気づくと、俺と第三王女しかいない。

「…行っちゃいましたね」

「あの、私も一つ聞いていいですか? 正直に答えてほしいのですが」

 俺は本当は聞いてほしくなかった。


  つづく

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