6. まつりまつられつりつられ
「やっと番が来たか」
その威厳に満ち溢れた御言葉こそ、神の神たる所以だろう。
「神は死んだのではない。神は初めから利用されたのだ」
「え、どういうことですか?」俺は驚いて尋ねた。結論が早すぎる。
「神を勘違いするな。我は回りくどい説教は嫌いだ。
神輿は軽い方がいい。頂点は架空の方がいい。頂点を作れば、そこから下に向かってヒエラルキーができる。架空の頂点を信じさせることに成功すれば、頂点が不祥事を起こして転覆する心配はなく、その頂点から下に向かって構築されたヒエラルキーも未来永劫、安泰だ。頂点を目指してたくさんのヒトがヒエラルキーにぶら下がり、まさに神が垂らしたクモの糸に群がって登るヒエラルキーが出来上がる」
「…あの、そのお話はより詳しい説明ってされるんですか?」
「しない。ヒトがいるから神がいる。神がいることで、ヒトも神格化される。ウマやシカに神はいない。ヒトはヒトに似た架空の神を作り出したことで、神に似た生物としてヒトも神格化され、ヒトが地球を占有する地球観や生物観や倫理観を肯定することができた」
第三王女を見ると、著術したくてもできない指が震えている。
「だから、神は死んだのではない。元から利用されていたのだ。我はこれを言うためだけにこの時間の止まった空間で長いこと待たされた。神を待たすお前らはいかに罪深い存在か考えろ」
「すみません」
「では私は逝く」
「ちょ、待ってください。神は死んでないのに、再転生されるのですか?」いくら何でも早すぎる気がして、俺は引き止めた。
「我にはやってみたいことがある」
そこで神はニヤリと悪だくみするように笑った。
「なんですか?」
「改めて、神のいない異世界を創造したい」
「神が、神のいない異世界を創造するのですか?」第三王女が、オウム返しの質問にも関わらず、一段高い声で尋ねた。そのくらい意外だったのだろう。
「神とすべての生物が同等の異世界だ。何モノも神格化されない。逆に言えば、創造主である神はなぜ神格化されるのか。創造主が何モノかを与えてくれるとヒトが信じているからだろう。しかし、創造主が何かを与えてくれると勝手に決めたのは、我ではなくヒトだ。我は確かに異世界を創造したが、創造しただけでそれ以上与えるとは言っておらぬ。
というより、神は異世界を創造しても、それ以上何もしないことを明確にすれば、神格化されずに済む。ただの創造主に期待しても無駄だ」
「創造してどうするんですか?」
「何モノも神格化されない異世界で、創造主である我も他の生物と同じように生き、同じように死ぬことができる。神格化から解放された創造主は、他の生物と一緒に紅茶を嗜んだりフルーツバスケットで興がったりもできる。面白かろう?」
それはつまり……
「…もしかして、ここが異世界ってことですか? あなたの創造した?」
「世界を神格化するな。世界はすべて異世界だ。我が創造したかどうかも意味がない。我は神格化されたところで、単なる創造主であって、責任者ではない。はっきり言えば、いてもいなくても関係ない」
「…この世界で、そこまで言い切って大丈夫ですか?」
「愚問だな。だからこそ、我は神のいない異世界を創造したいのだ。我は神格化から解放された神として、穏やかに過ごしてみたい」
「では、ご神仏に祈ったり、舞を奉ったりするのは」
「我が作る神のいない異世界では、お前はお前の心に祈ればいい。お前の心に奉ればいい。お前がお前の神になれ」
「ヘイヨー!」第三王女が叫ぶ。
「お前がお前に奉れ」
「ヘイヨー!」俺もつられた。
「お前がお前の心に祈れ」
「ヘイヨー!」二人でハモる。
ミュージカルになった。
「そうだ。神のいない異世界は、お前たちの歌こそが祈り。お前の紙に書く物語こそが神格化されない神だ」
「紙ではなく電子に書いても神ですか?」
神は皮肉な笑みをニヤリと浮かべると、背中ごしに右手中指と人差し指を交差させてグッドラック。俺たちの心に幸運を祈った。
神が光に包まれて消えて行く様は神々しいが、俺たちはもうその背中を神格化しない。彼は単なる創造主で、それ以上でも以下でもないことを知っているからだ。
「グッドラック、神」
「神、ダンケシェーン」
「なんでドイツ語?」
第三王女と二人で笑いながら神を見送る。そのくらいがちょうどいい神回。
「盛り上がってきましたね!」
その声で、新たな物語を迎えることになるとは……
つづく




