4. さして映えない死因
「そうだね。…それじゃ、次の方ですよね。わかってます」
次の転生者の荒い鼻息を察して、かけられるより先に俺から声をかけた。気がしたのだが。
振り返ると、宇宙生物。神。細胞。AI。が少し離れた席から、申し訳なさそうにこちらを見ていた。そこで、5番目に自己紹介した宇宙生物がおずおずと申し出る。
「あ、4番目の方の」
「いや! ハエ!」
突然、第三王女が信じられないほどの金切り声を上げた。鬼の形相で右腕を頭上から振り下ろす。ビシャンと地面で音がして、床に食い込むほどの剛力で叩きつけられた扇子。いつの間にそんな物を、と驚く。
まじまじと、王家の気品あふれる扇子を見下ろした。著術だけでなく打撃センスもすさまじい、とか不意に浮かんだが、やめなシャレとばかりにそんな隙は全くなかった。ハエが潰されて死んでいた。お見事。
「あの……」先ほど口を開きかけた、宇宙生物が改めて俺に話しかけてきた。
「道化師は、さっきまでいたんですけど。またいなくなったっていうか……」
「え、そうなんですか。どこにいたの?」
そのとき、暴風雨が館に衝突したような轟音と共に、二つの大きな明るい光が眼前に迫り、潰れたハエを飲み込んで消えた。眩さと衝撃で目がくらみ数秒間、倒れ込んだみんなが起き上がると、ハエはどこにもいなかった。
「やっぱりそうだ」宇宙生物がすべてを理解したように言った。
「何が?」俺にはさっぱり理解できない。
「ハエが」
「はい?」
「道化師とハエは、同一人物だったんです」
「え? それはつまり。もしかして。…犯人、ってこと?」
「全然違います」
「だよね。そりゃそうだ。密室トリックも犯罪も起こってないしね!」俺も何を言っているのか、自分でもよくわからなくなっている。
とにかく、4番目の転生者は確か、小人症で、宮廷道化師で、愚者がどうって……あ、そうか!
「何が起こったか、第三王女が著術してくれればいいんだ!」
「いやあぁ! ハエを著術するくらいならこの指をバラバラにしてブラックホールに捨ててやりますわ!」
逆効果だった。やはり言葉を尽くすべき時には、労力を惜しんではならなかった。
「すみませんでした、第三王女。壮大な例えで切れさせてしまって。ここは一旦落ち着きましょう。ハエはもういないですから」
俺とみんなで第三王女をなだめ、とりあえず事態の安静化を図る。ここまでカオスな状況を我慢して受け入れて来たのに、ここで台無しにするワケにはいかなかった。
「そうですわね。もういない。そうですわね」
ぜえぜえと息を切らして落ち着こうとする第三王女。虫で大騒ぎする女性を見るたびに、あざと可愛さが鼻につく俺だが、あざとも可愛さも微塵もあられもない取り乱しようだった。
「それで、もう一度、説明してもらっていいですか?」俺は宇宙生物に尋ねた。
「つまり、村の少女が、閃光とともに消えましたよね」
「はい」
「あの閃光、少し強くなかったですか?」
「あ、確かに。他の方より少しだけ眩しかったかも」
「異世界の話も深刻だった分、何割増しで眩しいのかなって、転生トラックも光量のサービスしたのかなと勝手に解釈したんですけど。サービスフラッシュ的な。でもよく見たら、違ったんです」
「…何が?」
「書き置きがここにある」
6番目に自己紹介した神が紙を差し出した。…何も言えなくて、紙を神から受け取る。第三王女に伝えるように、俺はメモを読み上げた。
「用事を思い出したので、お先に再転生します」
紙の裏も見るが、それしか書いてない。
「…村の少女と一緒に、道化師も再転生したってこと?」
「それで。今度はハエが出て来たんです。どこからともなく」
「ハエが……」
「密室にもハエくらい出る。ワレワレもそう思い、あまり気にしてなかったのですが。と言うか気にする前に殺しちゃったじゃないですか。第三王女が。ハエを」
「他に何ができたというのですか!」
何かはできた。とみんな少し思ったが、誰も何も言わなかった。
「とにかく、あのハエはたぶん、再転生後の生まれ変わりだったと思うんです。道化師は再転生して異世界には戻らず、ハエに生まれ変わったんじゃないかと」
「そん…、えぇ?」
「ってことは、今まで再転生した皆さんも、もしかしたら元の異世界に戻れずに、全然別の場所で何か違う物になってるかもしれないんですけど」
それは薄々思っていたが、さすがにないと思ってしまう。いや、思わないと今までの会話が報われない。
「それを解くカギが、この電話番号だと思うんです」
「電話?」
「さっき紅茶を飲んでた時に、道化師さんから渡されたんです。オレっちがいなくなったらここにかけてほしいグシャって。全部わかるグシャって」
正直、あまりかけたくなかった。もういいかなって思っている。
「…次、いきましょうか」この状況で電話がかかることにも納得できない。
「待って。せっかくだからかけましょう」第三王女が、気を取り直したようだ。
「ワレワレからもお願いします。次に自己紹介した者として、なんかすっきりできないですよ」
「いや、ワレワレってあなたの一人称なだけで、実際1名ですけどね」
「ワレワレは1名でも複数形なんで」だんだんイライラしてきた。好きにしたらって思う。
「待って。私がかけます」宇宙生物から電話番号を教えてもらい、第三王女がスマホで電話した。
「…あ、もしもし。はい。私は、あの、…道化師さん、って、あ、ご存じだったんですか。…はい」
第三王女はそう言うと、空いている指を走らせて通話を著術し始めた。なんて便利なんだろう。
電話の相手は道化師をよく知る業界関係者だった。関係者が聞いた話だと、小人症の宮廷道化師は、異世界では愚者とも呼ばれ、貴族のペットのような扱いを受け、毒舌や皮肉などで人気を集めていたそうだ。
その後、運と実力が相まって道化師の人気は急上昇となり、飼い主の貴族が亡くなると更に地位や名声まで得て、気づくと政治的な影響力まで持つ権威になっていたと言う。
しかし最終的には裸の王様だグシャ。不祥事もあってこの様だグシャ。彼の異世界での死因を、関係者はそう聞いていた。
「異世界で不幸な死に目をみたってことですかね」俺は電話している第三王女に聞こえる声で話した。第三王女は電話を続けている。
「…はい。あ。道化師さんは、ここにはもう、いないんです。再度転生したって感じで。その後のことですか? …いえ。知りません。知りたくもありません」
第三王女は嘘をついている。とみんなは思いました。
「…え? 何であなたがハエのことを知ってるんですか?」電話口で第三王女が驚きの声をあげる。
業界関係者は、道化師からよく「次生まれ変わるならハエがいいグシャ」という口癖を聞いていたそうだ。道化師にはハエくらいがお似合いだグシャと。
「ならやっぱり、他のみんなも望み通り再転生できたのかも」俺は安堵した。
業界関係者の話では、死因を言うのが照れくさくて、言わずに再転生しちゃったのではないか。そのほうがウケるし。ただ、本当にウケたかどうか見届けたくて、ハエに生まれ変わって現世に戻ってきたのかな、器の小さいヤツでさ、滑ってたらごめんね、という話だった。
「村の少女の後に業界の不祥事話じゃ、道化師も背筋が凍っただろうね。香盤順がよくなかったかな」俺は独り言ちる。
本当のところはわからないが、道化師がもし異世界にやり残したことがあるとするなら、謝罪ではないだろうか。異世界の娼婦に向かって「過去のおかげで今があるんだから恥じて隠すな」と怒ったのに、道化師自身は過去を隠蔽しまくったそうだから。いろんな不祥事のことで謝罪できるならしたかったんじゃないのかな。あくまで関係者の話だが。
「…そうですか。では、ありがとうございました」
電話を切った第三王女の晴れやかな笑顔に、俺もホッとする。彼女に叩き潰される自虐オチまでがきっと、道化師の狙いだったに違いない。関係者ならそう言うね。
「私もそう思います。グシャグシャ言ってるハエ道化師をグシャっとですわ!」
「ですよね」
…少しアレな気もしたが、ハエの話はもう忘れよう。それが第三王女のためだ。
「いやぁ、すっきりしました。それじゃ、次の話を聞いてもらえますか?」
説得力のある落ち着いたその声の主は……
つづく




