エピローグにかえて
「第三王女と作家さんをこの秘密室にお呼びしたのには、訳があるんです」
もう終わったと思っていた密室の本棚の奥に、こんな小部屋があるなんて。
AIが発見した少し薄暗いその部屋に、俺と第三王女が呼ばれることになった。ネズミ型AIは壁際に置いてある小さな読書机の上にちょこんと座りながら言った。
「足りないんです。少し」
「何が?」足りない?
「この世界にごまんとある密室の中でも、ワタシたちはいったいどの密室にいたのか。11人目以降の登場人物はいたのか、いなかったのか。どうもよく伝わっていないみたいなんです」
「どういうことですか? 伝わってないって、誰に?」第三王女がAIに尋ねた。AIはそれに構わず続けた。
「たぶん、監視カメラがある密室ということが重要だとワタシは思います。いったい誰が見ていたのかわからない、もしかしたら誰も見ていないかもしれない密室。外界から遮断されていながらも、9人の転生者以外の声を、作家さんは聞いていたのかもしれない」
俺は確かに、転生者以外の誰かの声を聞いていた気がする。
「それは確かにそうかもしれないけど。俺が数年前にたまたま行ったホテルで、似たようなことがあったのかも……」
「それは本当のことですか?」急にAIに問い詰められ、俺の記憶は一気にあやふやになる。
「…いや。そうじゃなかったかもしれない。本当は何もなかったのかも。そんなホテルは存在さえしてなかったかも」
「フルーツバスケットは単なるきっかけであり、表層的な出来事です。この密室がどこで、作家さんはいったい誰の声を聞いていたのか? そろそろわかりませんか?」
そう言うとマウス型AIはその両目からライトを照射し、小部屋をぐるりと見渡した。
丸ではなく矢印みたいな形の光に照らされて、壁際の本棚に置かれている膨大な量の本が見えた。この奥には更に別の小部屋が出現するのだろうか?
「この本棚の奥も、またどこかに通じているんですかね?」第三王女が俺に尋ねた。
「そうかもしれない。実は密室ではなくて、出口があるのかも」
「いったいどこに出るんでしょうか?」
俺と第三王女が手近にある本棚に触れようとしたところで突然AIがライトを切り、机から飛び降りて元いた密室への道をチュコチュコ歩き出した。
「え?」
「どうしたのですか?」
「もう大丈夫です。ご満足しましたよね?」
「何が?」
「ここから先は、『謎本 俺だけが転生しない密室の秘密室』に書くことにしましたので」
「宣伝? いきなり、しかも架空の本の?」
「前にも言ったように、謎解きはあまりスキじゃないんです」
答えではなくその過程を教えるAIの背中を見つめながら、俺はあの密室の天井で回転するシーリングファンのことを考えた。
ゆっくりと渦を描き、まるで綿あめを絡め取るみたいに、少しずつではあるがこの空間の新しい息吹をクモの糸のように巻き込んでいくそのしなやかな動きに、俺は散ることのない花のありかを思い、枯れないように祈りを捧げた。
だそく




