10. なくならない密室
「…何が転生だよ」
もう密室には俺以外誰もいない。何を言ったところで誰も聞いていない。何を言えばよかったのか。何を隠すことがあったのか。
全部言っても良かったんじゃないのか? いや、言ってしまったら嫌がられるのはわかっている。
俺は知られたくなかった。
俺はこの世界を知っている。みんなの痛みは俺が作ったんだ。第三王女の痛みを作ったのは他でもない俺だ。
今までも素人作家としていくつかの作品を公開してきた。特になんだというワケじゃないが、俺なりに満足している。良くも悪くもこんなもんかと思ってきた。本当はもっとって、思うところはたくさんあるが、好き嫌いあるこの世の中で、好きなことだけ書いてるんだから納得はしている。
あれはいつだったか。離島のペンションみたいなホテルに泊まった。客は俺一人だった。でも暴風雨で、電話が鳴って。10部屋全てのシャッターを閉めろと言われた。意味がわからなかった。10部屋全部、ドアの鍵は閉まってなかった。不用心すぎる。しかしよくみると柱や天井に思ったより多くの監視カメラが設置されていることに気づき、その理不尽に思わず笑ってしまった。俺は全ての部屋のシャッターと、正面玄関のシャッターまで閉めて、言われた番号に電話して、そのことを伝えた。
そのとき、だだっ広いロビーで、俺は想像した。ここに誰がいたら面白いか。フルーツバスケット。あのゲームとは名ばかりの、性善説のなれの果て。平和ボケをこじらせた、腐ったお花畑みたいな。でも甘酸っぱい思い出。悔しいが気づいたら時を忘れて楽しんでしまう。
それで転生者がいたら面白いな。俺だけが転生しない密室で。
『読んだよ。あまり共感できなかった。なんか、色々な人の独白よりも何が起きてるのか早よって思った。せっかちかもしれんが。もっと異世界をステレオタイプ激しく、笑えるくらいデフォルメして良いのではないかと思った。色々勝手なこと言ってすまんね』
共感されるなんて思ってない。楽しんでなんか書いてない。もちろん受け入れてくれる誰かはいるかもしれんが、それが何だ。くだらない。お前には何もない。世界なんて絶対に変えられない。
本当にそうか? 可視化されていない痛みを書ける気がした。まだできることがあると思った。快楽にばかり依存するエンタメに嫌気がさした。世界を変えたいと思った。他人の痛みに関心を持たない世界なら、俺のエンタメに混ぜて痛みを伝えてやる。
なんだその思い上がりは。痛みに依存してる俺。痛みを伝えたいがために痛みを作り出してる俺。くだらない顕示欲で痛みを捏造してる俺。
例えばあの頃、ある大人気漫画がバトル編から学園編になった時、俺は新しい展開に期待した。やっと戦いのための戦いに飽きて、新しい冒険活劇が始まるんだと思った。でも周囲はみんな次の戦いしか待ってなかった。だから新しい敵が出てきたとき世間は盛り上がったが、俺はがっかりした。
でも別の漫画が、死闘を経た剣士たちが生まれ変わって学園生活で完結するのを読んで、本当に戦いの連鎖を断ち切ったんだと思った。そのためにはどれだけ人気があってもそれ以上連載を続けないという決断も見事だった。作品を超えて仇を討ったんだと俺は勝手に感動した。
こんな話は誰からも聞いたことがない。だから俺がどうかしている。勘違い甚だしい。世界は俺が望む方向に回転しない。誰もが俺みたいなヤツを無視して進む。
当たり前だ。お前に何が分かる。お前に何が書ける? 誰が読もうが関係ない。プロも素人も関係ない。書いた後で後悔するクセに。公開した後で死にたくなるクセに。書きたいから書いているクセに。おこがましい。何が伏線回収だ。たかがフィクションの辻褄で何か成し遂げた気になるな。辻褄なんて何一つ合ってない。お前は口先だけ。
あの頃、俺にも好きな女の子がいた。話してるとすごく楽しくて。一緒にバカな話で盛り上がって。俺の持てる頭を振り絞ってバカな冗談を言い続けた。周りが入り込めないくらい、信じられないくらい通じ合えていると思っていた。彼女から話を振られて、俺もその気になって。でも彼女が俺に恋愛感情を持つことはなかった。俺は苦しかった。彼女の笑顔を見ながら。なんでこんなに笑ってるのに、こんなに楽しいのに、俺は好かれないんだろう。楽しければ楽しいほど腹を立てた。盛り上がれば盛り上がるほど悲しかった。
それが世界だ。共感してもらえるなんてハナから思っちゃいない。
戦いのための戦い。笑いのための笑い。泣きのための犬。萌えのための猫。転生のためのトラック。謎解きのための謎。謎を説明しないミステリーが純文学じゃないのか?
わかっている。いろんなヤツがいてそれぞれ好みが違うって、これ以上ないくらい当たり前の話だ。そもそも読まないヤツは一生読まない。ここに何が書いてあろうが関係ない。俺が何を書こうが、どこに何を出そうが何一つ変わることはない。俺だって一生読まない物だらけだ。気づいてほしいなんてどの口が言ってんだ……
…いや、そうじゃない。
転生者たちは、俺を気遣っていた。俺に何かを気づかせようとしてきた。
そして俺は実際、彼らにずっと気づかされてきた。こんな話になるとは思わなかった。世界のすべてに意味があって、俺にも役割があって、くだらなさの中にも輝きを感じた。
彼らは自分の痛みを犠牲にしてでも、俺に何かを伝えようとしていた。俺に作られた痛みのはずなのに。彼らに支えられて俺も動かされていると感じる。
まだ終わってない。ここには何かある。そうじゃなければ、俺はあんなことをしていない。
周りを見渡す。
この密室で、俺はまだ転生者を待っている。また会いたいと思っている。そんなつもりじゃなかったのに。
…俺も転生したら、またもう一度彼らに会えるんだろうか?
俺は第三王女の力にはなれなかった。でも、彼女も気づくかもしれない。書くことに義務も権利もない。ゴールが見えたら書かずにはいられない。書かずにはいられないから書くだけなんだ。
俺は転生する。彼らに会いたいから。会ってお礼とお詫びがしたい。何度でも転生して、何度でも彼らを励まして、再転生の無限ループをすれば、彼らは許してくれるだろうか?
俺は光を待って、ゆっくり笑う。うまく笑うことはできないが、転生さえできればなんでもいい。光は来ない。俺はやはり、転生できないのか不安になる。俺だけが転生できない密室。
そのとき大きな光がこの密室を包んだ。
「やっと転生できる……」
つづける?




