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第四話:揺れる応援、そして見合いの結末

1. 親からの「普通」のプレッシャー

アタルの失恋が少しずつ癒えかけた頃、今度は両親からのプレッシャーがアタルを苦しめ始めた。


「アタル、いつになったら、ちゃんとした男になるんだい?」

「早く彼女を作りなさい。もう29だろう。結婚はまだなのか」


電話口から聞こえる母親の声は、アタルの現在の生き方を認めようとしない。両親にとっては、アタルが男性として結婚し、家庭を持つことが「普通」であり、何よりも大切なことなのだ。彼らが決して悪意を持っているわけではないと分かっていても、アタルにとってはそれが重圧でしかなかった。


「僕だって、親を心配させたくないんだ。でも、僕が僕でいられなくなるのは、もっと辛い」


キラリに電話でそう打ち明けるアタルの声は、いつもよりずっと沈んでいた。キラリは、アタルがどれほど苦しんでいるかを痛感し、胸が締め付けられた。


そしてある週末、アタルはキラリにメールを送ってきた。「今度の日曜、僕、お見合いをすることになったんだ。親がどうしてもって聞かなくて…」


お見合い。その言葉に、キラリの胸はざわついた。アタルが、自分らしくない場で、無理をする。想像するだけで胸が苦しくなった。同時に、キラリの心には、別の感情が渦巻いていた。アタルを応援したい。彼の苦しみを少しでも和らげたい。でも、もしお見合いがうまくいってしまったら――。その考えが頭をよぎるたび、キラリの心臓は締め付けられるように痛んだ。


2. 偽りの応援と、隠しきれない本心

お見合い当日。キラリは待ち合わせ場所で、アタルが来るのを待っていた。普段の柔らかなワンピースではなく、ビシッとしたネイビーのスーツに身を包んだアタルが、遠くから歩いてくるのが見えた。髪もいつもより短く整えられ、メイクもしていない。


その姿は、確かにキラリが幼い頃に思い描いた「王子様」の面影を強く残していた。スラリとした長身に、整った顔立ち。こんなにも「カッコいい」彼を、キラリは初めて見た。道行く人々が、彼の姿に振り返る。しかし、アタルの表情には、明らかに「自分らしさ」を抑え込んでいるような、押し殺された悲しみが宿っていた。彼の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


「…キラリ、ごめん、待たせたね」


アタルが目の前に立ち、力なく微笑んだ。


「アタル…」


キラリは胸が締め付けられるような思いで、アタルを見上げた。彼のカッコよさは、彼本来の輝きとは違う、無理をしている輝きだった。


「本当はこんな格好したくないんだ。普段着られないスーツだからって、親が張り切って買ってきて…でも、親をこれ以上心配させたくなくてさ…」


アタルの声は、普段の明るさを失い、か細く震えていた。キラリは、アタルの心の痛みが、自分のことのように感じられた。


「そっか…アタル、頑張ってきてね。きっと、素敵な人だよ、お見合いの相手」


キラリは精一杯、笑顔を作ってアタルを励ました。しかし、その言葉は、キラリの本心とは裏腹だった。アタルが幸せになるなら、それが一番だ。頭ではそう理解しているのに、もしお見合いがうまくいって、アタルが別の誰かのものになってしまうとしたら――。想像するだけで、胸の奥がズキズキと痛んだ。


アタルはキラリの言葉に、少しだけ安心したように見えた。彼はキラリに小さく手を振って、お見合いの会場へと向かっていった。キラリは、彼の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。


3. 見合いの失敗と、深まる絆

お見合いを終えたアタルから、連絡が来たのはその日の夜遅くのことだった。短いメッセージには「無事に終わったよ。ありがとう、キラリ」とだけ書かれていた。安堵と同時に、キラリの胸には漠然とした不安が残った。アタルは、本当に無事だったのだろうか。彼の「無事」は、彼自身の気持ちとは裏腹なのではないか。


翌日、キラリはアタルをランチに誘った。普段通りワンピース姿で現れたアタルは、一見するといつもと変わらないように見えた。しかし、よく見ると、彼の瞳の奥には疲労の色が濃く浮かんでいた。


「お見合い、どうだったの?」キラリが尋ねると、アタルは小さく息を吐いた。


「うん…まぁ、普通に終わったよ。相手の方も、すごく素敵な人だったし」


そう言うアタルの言葉には、感情がこもっていなかった。まるで、誰かのセリフをなぞっているかのようだった。


「でも、続かないよ。僕には、僕の好きな人がいるって、ちゃんと伝えたから」


アタルの口から出た言葉に、キラリはハッとした。彼は、親に言われるまま見合いに応じたけれど、決して自分を偽ろうとはしなかったのだ。その正直さに、キラリは胸が熱くなった。同時に、安堵の波が押し寄せた。うまくいかなくて、よかった。その思いに、キラリは罪悪感を感じつつも、止められなかった。


「そうか…アタル、よく言ったね。偉かった」


キラリがそう言うと、アタルは困ったように微笑んだ。


「でもね、親は納得してくれなくて。『いつまでそんなことを言っているんだ』って、また喧嘩になっちゃって…」


アタルの表情が曇る。両親との溝は、彼の心に深い傷を与えているようだった。キラリは、そんなアタルをどう支えてあげればいいのか分からず、ただ黙って彼の隣に座っていた。彼が自分らしく生きようとするほど、周囲からの圧力に晒される。その苦しみを、キラリはひしひしと感じた。そして、この時、キラリは決意した。アタルの苦しみを、もうこれ以上、一人で抱えさせたくない。


(第四話 終わり)



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