第三話:揺れる心と、秘めたる痛み
1. 変わらない輝き
蚤の市での再会から数週間。キラリとアタルは、まるで空白の時間を埋めるかのように、頻繁に会うようになっていた。カフェで他愛ない話をしたり、一緒にアンティークショップを巡ったり。キラリは、アタルと過ごす時間が、いつの間にか日常の何よりの楽しみになっていた。
初めは、彼の「男の娘」としての外見に戸惑いを覚えたキラリだが、会うたびにその違和感は薄れていった。それよりも、彼の穏やかな話し方、相手を気遣う優しい眼差し、そして何より、自分の「好き」をまっすぐに追求する芯の強さに、キラリは惹かれていった。それは、あの夏の「王子様」が持っていた、純粋で揺るぎない輝きそのものだった。
「この間、新しいデザインの依頼が来たんだけど、すごく難しくてさ。でも、だからこそ燃えるっていうか!」
目を輝かせて仕事の話をするアタルを見ていると、キラリの心臓が小さく、しかし確かに脈打つのがわかった。彼の話はいつも面白く、キラリの退屈な日常に、鮮やかな色を添えてくれる。
ある日、アタルがふと、寂しそうな表情を見せた。
「最近、ちょっと疲れてるんだ。仕事も忙しいし、プライベートでも…色々あって」
キラリは心配になり、アタルの顔を覗き込んだ。「何かあったの?私でよかったら、話聞くよ」
アタルは一瞬ためらった後、小さく頷いた。「ありがとう、キラリ。…いつか、話すね」
その言葉に、キラリの胸はざわついた。アタルが抱えている「何か」が、彼の心を深く傷つけていることを、キラリは感じ取っていた。彼が抱える痛みを、自分も分かち合いたい。彼の笑顔を守りたい。そんな気持ちが、キラリの中で少しずつ芽生え始めていた。それは、幼い頃に「王子様」に抱いた憧れとは違う、もっと深く、切実な感情だった。
2. 秘めたる恋の告白
週末、キラリはアタルを誘って、二人で少し遠出の美術館へ行った。静かで落ち着いた空間で、二人はゆっくりと作品を鑑賞し、感想を語り合った。アタルは、デザインの視点から作品を解説してくれ、キラリは彼の感性の豊かさに改めて感動した。
美術館を出て、カフェで休憩している時、アタルが意を決したように切り出した。
「キラリ、この間話せなかったことなんだけど…」
キラリはアタルの真剣な眼差しに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「実は、僕、好きな人がいるんだ…職場の先輩で、男の人なんだけど」
アタルの言葉に、キラリの心臓が大きく跳ねた。驚き、そして、一瞬の戸惑い。しかし、それ以上に、アタルが自分に、こんなにも大切な秘密を打ち明けてくれたことへの、温かい感動が胸に広がった。キラリは、アタルがどれほどの勇気を持って、この告白をしてくれたのかを察し、彼が安心して話せるよう、ただ黙って耳を傾けた。
アタルは、その先輩への募る思いを、キラリに詳しく語ってくれた。仕事に対する真摯な姿勢、優しい笑顔、そして、たまに見せる意外な一面。話すアタルの表情は、先ほどの憂鬱そうなものから一変し、まるで恋する乙女のように輝いていた。
「毎日、先輩と話せるのが楽しくて。でも、僕のこの気持ち、先輩に伝えたら迷惑かなって思ったり…」
アタルの言葉は、キラリが今まで経験してきた恋の悩みに、そのまま置き換えられるような、純粋で切ないものだった。性別がどうあれ、一人の人間が誰かを深く愛する気持ちは、こんなにも美しいのだと、キラリはアタルを見て初めて知った。同時に、アタルが誰かを「好き」になる、その繊細な感情に触れ、キラリの胸には、今まで感じたことのない「ドキドキ」が広がっていた。それは、アタルへの友情とは異なる、もっと甘く、切ない感情だった。
キラリはアタルの手をそっと握り、「大丈夫だよ。アタルが誰を好きになっても、私はアタルの味方だから。その気持ち、すごく素敵だよ」と伝えた。アタルは、キラリの温かい言葉に安心したように、ふわりと微笑んだ。
3. 失恋と、寄り添う心
しかし、アタルの恋は、残念ながら実を結ばなかった。数日後、キラリの元に、アタルから憔悴しきった声で電話が入った。
「キラリ…先輩に、彼女ができたんだ」
電話口の向こうから、今にも泣き出しそうな声が聞こえる。キラリはすぐにアタルの元へ駆けつけることを決めた。
アタルの部屋に着くと、彼は普段の鮮やかなワンピースではなく、くったりとしたスウェット姿で、ソファにうずくまっていた。顔は赤く腫れ、瞳は潤んでいる。キラリは何も言わず、ただそっとアタルの隣に座り、背中を優しく撫でた。
「辛いよね…」
キラリの言葉に、アタルは堰を切ったように泣き出した。「僕なんかに、好かれる資格なんて、ないんだ…」と、嗚咽混じりに呟くアタル。
「そんなことない!アタルは何も悪くないよ。誰かを好きになる気持ちは、本当に素敵なことだから。だから、こんなに辛いんだよ」
キラリはアタルを強く抱きしめた。その温かさに、アタルは全身の力を抜くようにキラリに身を委ね、子供のように泣き続けた。キラリは、ただひたすら彼を抱きしめ、背中をさすり続けた。アタルの悲しみが、まるで自分のことのようにキラリの胸を締め付けた。この時、キラリは確信した。自分は、アタルのことが、かけがえのない大切な存在として、もう「好き」なのだと。
何時間そうしていたか分からない。アタルの涙がようやく止まった頃、彼はぐったりとキラリの肩に頭を預けていた。
「キラリがいてくれて、よかった…ありがとう」
アタルの心からの感謝の言葉に、キラリの胸は温かい光で満たされた。この出来事を通して、キラリはアタルの繊細な心と、彼が抱える深い悲しみ、そして「男の娘」として生きる彼の葛藤を、より一層深く理解した。そしてアタルもまた、キラリの無条件の優しさと包容力に触れ、彼女への信頼と、特別な感情を抱き始めていた。二人の間に、友情とは違う、新しい絆が確かに芽生え始めていた。
(第三話 終わり)