第二話:王子様の変身と、それぞれの現在地
1. 予期せぬ再会の戸惑い
蚤の市の片隅にあるカフェで、キラリとアタルは向かい合って座っていた。先ほどの衝撃がまだ抜けないキラリは、淹れたてのコーヒーから立ち上る湯気を眺めながら、目の前のアタルを盗み見る。
アタルの服装は、やはりキラリの記憶の中の「王子様」とはかけ離れていた。淡い水色のワンピースは、彼が動くたびにふわりと揺れ、繊細なネックレスがきらめく。顔には薄くメイクが施され、指先にはネイル。まるで雑誌から抜け出してきたような、まさに「可愛い男の娘」だ。しかし、その根底にある優しい眼差しや、時折見せる無邪気な仕草は、あの夏の少年アタルそのものだった。
「キラリ、本当に久しぶりだね。元気にしてた?」
アタルが先に口を開いた。その声も、少し柔らかくなったような気がするけれど、芯にある響きは変わらない。
「う、うん。アタルこそ、元気だった?ぜ、全然変わって…いや、変わってないね!」
キラリはしどろもどろになりながら、必死に取り繕った。変わっているのは明白なのに、どう言葉にすればいいのか分からなかったのだ。
アタルはキラリの焦りを察したのか、くすりと笑った。
「ふふ、大丈夫。驚くのも無理ないよ。僕も、キラリとこうして再会できるなんて思ってなかったから」
その笑顔は、どこか吹っ切れているように見えた。
2. 埋め合わせの時間
二人は近況を語り始めた。キラリは都内の会社で働くOLであること、仕事に追われる毎日であること。アタルは、美術系の大学を卒業後、フリーランスのデザイナーとして活動していること。そして、彼の現在のファッションスタイルに行き着いた経緯を、穏やかに語り始めた。
「大学生の頃、デザインを学ぶ中で、もっと自由に自分を表現したいって思うようになって。性別とか、社会の常識とか、そういう枠にとらわれずに、自分が『好き』って思うものを身につけたいって、強く思うようになったんだ」
アタルはそう言って、身につけているワンピースの袖を優しく撫でた。
「最初は、戸惑うこともあったし、周りの視線が気になることもあったよ。特に、親からはよく『一体どうしたんだ』って言われたし、今でも『いい加減、ちゃんと男らしくしなさい』とか『早く彼女作れ』とか言われるけど…」
アタルの言葉に、キラリの胸がチクリと痛んだ。彼の笑顔の裏に、どれだけの葛藤があったのだろうか。
「でもね、今はこれが一番、僕らしいって思えるんだ。キラリは、パンツスタイルが好きなんだよね?」
アタルがキラリのワイドパンツに目を向け、優しく尋ねた。
「うん、動きやすいし、私にはこっちの方がしっくりくるから」
「だよね。それと同じだよ。僕にとって、ワンピースやスカートは、一番心地よくて、自分らしくいられる服なんだ」
アタルのまっすぐな言葉に、キラリの胸のつかえが少しずつ溶けていくのを感じた。見た目は変わっていても、アタルが自分の「好き」を貫き、自分らしく生きていること。それは、あの夏の「王子様」が持っていた、芯の強さそのものだった。
3. 共通の「好き」
コーヒーを飲み干し、二人は再び蚤の市を散策することにした。あの懐中時計のブースに戻ると、まだその時計は残っていた。
「結局、どっちも手を伸ばしちゃったね」アタルが笑う。
「ね。まさかアタルと同じものに惹かれるなんて」
キラリが時計を手に取り、まじまじと眺めた。アタルも隣で、その繊細な装飾に見入っている。
「これ、懐かしい気持ちになるんだ。時が止まってるのに、すごく生きてる感じがする」キラリがそう言うと、アタルが深く頷いた。
「うん、僕もそう思う。昔の職人さんが、どんな思いで作ったんだろう、とか想像するとさ、すごくロマンがあるんだよね」
二人の間に、不思議な共通の感覚が生まれた。服装の好みは全く違うのに、古いものや、誰かの手の温もりが感じられるものに惹かれる気持ちは、あの頃と少しも変わっていなかった。
「アタルは、今もそういうアンティークなものとか、好きなんだね」キラリが尋ねた。
「うん、大好きだよ。デザインのインスピレーションにもなるし。キラリも、変わってないね」
「…うん。まさか、アタルとこんなところで再会できるなんて」
お互いに微笑み合い、懐中時計をそっとショーケースに戻した。あの夏の約束は、幼い夢のようなものだったけれど、目の前のアタルとの再会は、確かに現実だった。そして、彼の「変身」は、キラリの凝り固まった価値観を、少しずつ揺さぶり始めていた。
「また、会えるかな?」キラリが尋ねた。
アタルは目を細めて優しく微笑んだ。「もちろん。連絡先、交換しようよ」
スマホを取り出し、連絡先を交換する。この再会は、単なる偶然ではない。何か新しい物語の始まりのような予感が、キラリの胸に芽生えていた。