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第一話:あの夏の約束と、まさかの再会

プロローグ:茜色の誓い

小学五年生の夏休み。東京育ちのキラリにとって、祖父母の家があるこの田舎町は、まるで絵本の世界だった。ジリジリと肌を焦がす太陽、鳴り響く蝉の声、そして、初めて出会った都会の子、アタル。彼はキラリよりも少し背が高くて、ちょっとしたことでは動じない、まさに絵本に出てくるような「王子様」だった。


二人で秘密基地を作ったり、川で水切り石を投げたり、夕暮れまで虫を追いかけたり。キラリにとって、アタルとの日々は、生まれて初めて経験する、甘くきらめく冒険だった。


ある日の夕暮れ。柿の木の向こうに沈む茜色の空を見上げながら、アタルがぽつりと言った。「大人になったら、キラリと結婚するんだ」。キラリの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じながら、キラリは小さく頷いた。「うん!私も、アタルと結婚したい!」


その瞬間、二人の間に、まだ幼いけれど確かな「約束」が生まれた。キラリは、いつか大人になったアタルと再会し、その約束を果たす日を、密かに夢見るようになった。


しかし、夏休みはあっという間に終わり、アタルは東京へ帰っていった。交換した連絡先も、いつしか使われなくなり、二人の交流は途絶えてしまう。それでも、キラリの心の奥には、あの茜色の空の下で交わした約束と、アタルという「王子様」の存在が、ずっと残り続けていた。


1. アラサーキラリの日常

「はぁ…」


キラリは深くため息をついた。時刻は午後8時。オフィスはもう数人しか残っていない。企画書はなんとか提出したものの、部長の修正指示が山のように積まれている。29歳。仕事はそれなりにこなしているつもりだし、趣味だっていくつかある。恋人がいないわけじゃない。でも、なんか違う。何が、と聞かれても困るけれど、毎日が平坦で、心が弾むような出来事が、ここ最近まったくない。


スマホの画面には、最近友人から送られてきた結婚式の招待状が表示されている。また一人、友人が幸せの階段を上っていく。キラリだって、いつかはそうなりたい。でも、一体いつになったら、私の「王子様」は現れるのだろう。そんな非現実的なことを考えてしまう自分に、少し呆れる。


キラリの服装は、今日も動きやすいワイドパンツに、シンプルなニット。ヒールは苦手で、スニーカーかぺたんこ靴がほとんどだ。スカートやワンピースは、年に数回、気合を入れる日に着るくらい。昔から、パンツスタイルの方が自分らしい気がしていた。


「よし、今日はもう帰ろう」


残りの仕事を明日に回すことを決め、キラリは疲れた体に鞭打って立ち上がった。


2. 予期せぬ誘い

翌週末。キラリは友人のミカとカフェでランチをしていた。


「ねぇキラリ、今週末、アンティークの蚤の市があるんだけど、一緒に行かない?最近SNSで人気なのよ。キラリ、ああいうの好きでしょ?」


ミカがスマホの画面を見せる。そこには、色とりどりのアンティーク雑貨や、味わいのある古着の写真が並んでいた。キラリは目を輝かせた。


「え、行く!絶対行く!最近、なんか刺激が足りなかったんだよね」


「でしょ?キラリ、ああいうレトロな雰囲気の物、好きだもんね。私もね、可愛いピアスでも見つけられたらなって思って」


キラリは昔から、古いものや、手の込んだ小物を見るのが好きだった。それは、幼い頃に祖父母の家で触れた、使い込まれた道具や、時代を感じさせるおもちゃの記憶に繋がっているのかもしれない。


ミカとのランチを終え、キラリは胸の中で小さな期待が膨らむのを感じていた。退屈な日常に、何か新しい風が吹く予感がした。


3. 蚤の市での衝撃的な再会

そして迎えた週末。キラリは、お気に入りのカーキ色のワイドパンツに、オフホワイトのオーバーサイズTシャツという、いつものリラックススタイルで蚤の市に足を運んだ。会場は予想以上の人出で賑わっており、様々なジャンルの店が軒を連ねている。


キラリは一つ一つのブースをじっくり見て回った。古いボタン、色褪せた絵葉書、使い込まれた革製品。どれもが物語を語りかけてくるようで、時間を忘れて見入ってしまう。


とあるブースで、キラリの目が釘付けになった。ショーケースの中にひっそりと置かれた、古い懐中時計。真鍮製のケースには繊細な模様が刻まれ、文字盤は少し焼けているけれど、どこか温かみがある。秒針は止まっているけれど、まるで時を超えてきたかのような存在感がキラリを惹きつけた。


「…これ、素敵」


キラリは思わず手を伸ばした。


その瞬間、別の手が、ほとんど同時に懐中時計に触れた。細くしなやかで、指先には淡いピンクベージュのネイルが施されている。キラリはハッとして顔を上げた。


そこに立っていたのは、すらりとした長身の人物だった。ふわりとした柔らかな素材の、淡い水色のロングワンピースを身につけ、ゆるく巻かれた髪は肩まで伸びている。目元には繊細なアイラインと、ほんのりとしたチーク。一見すると、とても上品で可愛らしい女性に見えた。


相手はキラリの手を見て、にこやかに微笑んだ。


「あ、どうぞ、お先に」


その声に、キラリの心臓が、まるで小学校の運動会で一等賞を取った時みたいに、大きく、そして懐かしく跳ねた。どこかで聞いたことがある、でも、まさか。


キラリは思わず相手の顔をまじまじと見つめた。その目元、鼻筋、そして口元の微かなほくろ。記憶の奥底に眠っていた「王子様」の面影が、確かにそこにあった。


「…アタル?」


キラリが震える声で呟くと、相手の瞳が驚きに見開かれた。


「キラリ!?」


間違いなかった。あの夏の約束を交わした、私の「王子様」だ。でも――。キラリは、目の前に立つ、可愛らしいワンピース姿の「アタル」を前に、言葉を失っていた。頭の中は、疑問符でいっぱいになる。


私の「王子様」は、まさかの「男の娘」になっていた――?



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