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第9話 ミノタウロスの試練

「そ……それは……俺の斧なのか……?」


 ボルガロスの掠れた声が工房の静寂を破った。

 彼はノアが手にしている「血染めの戦斧」から目を離せない。

 その赤黒い刃、不気味に明滅する呪印、そして何よりも魂を直接揺さぶるような圧倒的なオーラに完全に呑まれていた。


「ああ。お前が選んだ『血染めの戦斧』だ」


 ノアはこともなげに言い、その禍々しい戦斧をボルガロスに差し出した。


「受け取れ。ただし……その代償は改めて覚悟しておくんだな」


 ボルガロスはゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る戦斧へと手を伸ばす。

 ズシリとした重みが彼の巨大な手に伝わった。

 それは単なる金属の重さではない。怨念と呪詛、そして血への渇望が凝縮されたかのような、魂を吸い寄せる重みだ。

 戦斧を握った瞬間、ボルガロスの腕にビリビリとした痺れと共に言いようのない高揚感が駆け巡った。

 同時に脳の奥底で何かが囁くような不快な感覚も覚える。


「……いいかボルガロス」


 ノアの冷徹な声がボルガロスの意識を引き戻す。


「その戦斧はお前の血と生命力を糧にする。振るえば振るうほどお前は消耗し、激しい疲労感に襲われるだろう。だがそれと引き換えに、武器の威力は際限なく増していく」


 ノアはボルガロスの目をじっと見据える。


「そして、最も注意すべきは、その武器が抱く『渇望』だ。一度敵の血を吸えば、斧はさらなる血を求め、お前を内側から煽り立てる。凶暴性が増し、理性を失いやすくなるだろう。もしお前がその渇望に屈すれば……」

「……どうなる」

「武器がお前を喰らうかお前自身が血に狂ったただの破壊者になるか。そのどちらかだ。せいぜい、その太い首が斧ではなく自分の肩に乗っているように努力することだな」


 ノアは淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。


「……フン。脅かすんじゃねぇよ」


 ボルガロスは強がりを言うが、その額には脂汗が滲んでいる。

 戦斧から伝わってくるぞくぞくするような力の奔流と、心の奥底をざわつかせる不吉な予感。その両方を感じ取っていた。


「だが……今の俺にはこれくらいの得物じゃなきゃあのクソトカゲは倒せねぇだろうからな!」


 彼はニヤリと凶暴な笑みを浮かべ、戦斧を軽く掲げてみせる。


「……試してみるか? 工房の裏庭なら多少暴れても問題ない」


 ノアが促すと、ボルガロスは待ってましたとばかりに頷いた。


 工房の裏手はちょっとした広場になっており、森との境界には手頃な太さの木々が何本か生えている。

 ボルガロスは広場の中央に立ち、改めて「血染めの戦斧」を構えた。

 ズン、と空気が重くなる。

 戦斧が放つ赤黒いオーラが、まるで生き物のように彼の周囲で渦巻いている。


「いくぞ……!」


 ゴオォォッ!

 ボルガロスは気合と共に戦斧を横薙ぎに振るった。

 それは、まだ力を込めたわけではないただの試し振りだったはずだ。


 しかし――


 ズゥゥゥンッ!!


 凄まじい衝撃波が発生し、地面がえぐれるように割れた。

 そしてボルガロスの薙いだ方向の先、十数メートル離れた場所に立っていた樫の巨木が、まるで細い枝のように何の抵抗もなく両断されて宙を舞い、轟音と共に倒れ伏したのだ。

 砂塵が舞い上がり、周囲の木々の葉がザワザワと激しく揺れる。


「なっ……!?」


 ボルガロス自身がその威力に息を呑んだ。


「おいおい……軽く振っただけだぞ、今のは……」


 彼の巨大な体躯が興奮でブルブルと震えている。

 だが同時にズシリとした疲労感と、胸の奥から突き上げてくるような形容しがたい凶暴な衝動も感じていた。

 視界の端が一瞬赤く染まったような気さえする。


(……これが呪いの重さ、か……!)


 彼はゴクリと唾を飲み込む。


「……どうやら、お前の手に余るほどのじゃじゃ馬ではなさそうだな」


 ノアが腕を組んで冷静にその光景を眺めながら言った。


 ボルガロスは、戦斧に宿る強大な力とその代償の片鱗を確かに感じ取った。

 だがその恐怖よりもあの忌々しいグリフォンを叩き潰せるという確信が、彼の心を支配し始めていた。


「クハハ……クハハハハハ!」


 ボルガロスは狂気を孕んだ高笑いを上げる。


「これだ……これだよノア! これならあの再生野郎をズタズタにできる!!」


 彼の目は血走り、赤黒いオーラが戦斧からボルガロスの体へと流れ込むかのように揺らめいている。


「これであのグリフォンを仕留めてくれる!!」


 ボルガロスは、もはやノアの返事を待つこともなく血染めの戦斧を肩に担ぎ、地響きを立てながら森の方向へと猛然と駆け出していった。

 その姿は獲物を見つけた飢えた獣そのものだった。


 ノアはその背中を黙って見送る。


「……さて、どうなることやら」


 その口元には、やはりいつものように予測不可能な未来を楽しむかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。

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