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第7話 招かれざる訪問者

「……誰だ?」


 ノアの声には、明確な警戒と、それ以上の面倒臭さが滲んでいた。

 森での小冒険という名の戦闘と素材採取の後で、正直誰とも顔を合わせたくない気分だった。


 戸口に立っていた影がノアの声にびくりと肩を揺らし、ゆっくりと姿を明らかにする。

 それは杖をついた初老の男だった。

 痩せてはいるが、その目つきは指導者特有の鋭さを含んでいる。

 ミルウッド村の村長オルバンだ。

 そしてその後ろには、(すき)や猟師が使うような古い槍を手にした、見るからに緊張した面持ちの村人たちが三、四人控えていた。


「……おお、アッシュフィールド殿。こんな時間にすまんな」


 村長オルバンは、やや(しわが)れた声で言った。その表情は硬い。

 ノアは無言で彼らを見返す。その視線は「何の用だ」と雄弁に語っていた。


「いや、なに……その、近頃この工房のあたりで、少々……奇妙な物音や大きな影を見たという者が何人かおりましてな」


 村長は探るような目でノアの顔と工房の奥を交互に見やる。


「まあ、この森も物騒ですからな。魔物でも出たのかと少々心配になりまして様子を見に……」

「……魔物、ね」


 ノアは鼻白んだ。

 ボルガロスのことだろう。あのミノタウロスがこそこそと動けるはずもない。


「あんたたちの心配するようなものはここにはいない。俺はただのしがない錬金術師だ。研究で多少、大きな音や光が出ることがあるかもしれんが、村に迷惑はかけん」


 面倒を絵に描いたような顔でノアはぶっきらぼうに言い放つ。

 さっさと帰ってくれというオーラを全身から発していた。


「そ、そうですか……。それなら、良いのですが……」


 村長はノアの素っ気ない態度に怯むことなく、さらに言葉を続ける。

 後ろの村人たちは、工房から漂ってくる得体の知れない匂いや時折漏れ聞こえる奇妙な音(おそらく呪印の刻まれた戦斧が発するもの)に、明らかに怯えている。


「アッシュフィールド殿は、ここで一体どのような研究を……? もしや、あの……王都で問題になったという、その……『呪い』の……?」


 村長は恐る恐る核心に触れようとする。

 ノアの過去については、辺鄙なこの村にも断片的な噂として流れてきていたのだ。


 ノアの眉間の皺が一層深くなる。


「……あんたたちには関係ないことだ。俺はここで静かに研究している。それだけだ」


 低い声には明確な拒絶が込められていた。

 これ以上踏み込んでくるなという無言の圧力。


 村長もこれ以上は無理だと察したのだろう。あるいはノアの纏う只ならぬ雰囲気に気圧されたか。


「……わ、分かりました。お邪魔したようですな。引き上げましょう」


 そう言って村人たちに撤退の合図を送ろうとした。


 その瞬間だった。


 村長が何気なくノアの肩越しに工房の奥――鍛冶場の方へと視線をやった。


 ノアが素材調達に出る前、赤黒いオーラを放ち始めていたあの戦斧。

 今はさらにその禍々しさを増し、まるで工房の闇そのものが凝縮したかのような、濃密な負の気を放っている。

 それは、常人には視認できずとも、ある程度魔力に敏感な者や長年生きてきた者の勘には強烈な「何か」として感じ取れる類のものだった。


「ひっ……!?」


 村長の顔からサッと血の気が引いた。

 彼の目には工房の奥に揺らめく赤黒く、そして恐ろしくおぞましい「何か」の気配が確かに映ったのだ。

 まるで生きた心臓がそこにあるかのように、ドクン、ドクンと邪悪な脈動を繰り返しているようにさえ感じられた。


「む、村長……? どうなさいました?」


 後ろの村人が村長の異変に気づいて声をかける。


「あ……あ、いや……な、なんでもない……」


 村長はどもりながら首を横に振る。

 しかしその目は一点、工房の奥の暗がりを見据えたまま、恐怖に凍り付いていた。


(今のは……いったい……?)


 背筋を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

 あれはただの錬金術師が扱っていい代物ではない。本能がそう告げていた。

 この若い錬金術師は一体何を造り出そうとしているのか……。

 村長の胸に言いようのない不安と恐怖が、深く刻み込まれた。

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