表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

第2話 ミノタウロスの悩み

「……お前の力、ね」


 ノアは、ボルガロスの切羽詰まったような懇願を鼻で笑うでもなく、ただ淡々と繰り返した。

 その灰色の瞳は値踏みするように巨大なミノタウロスを観察している。


「四天王ともあろうお方が、俺のような辺境の錬金術師に頼らねばならんとは。魔王軍も人材不足か?」

「うるせぇ! ごちゃごちゃ言ってねぇで、話を聞け!」


 ボルガロスは顔を真っ赤にして怒鳴るが、その声には先ほどまでの自信がまるで感じられない。

 むしろ焦燥感が滲み出ていた。

 ズカズカと工房の中を歩き回り、その巨体で狭い通路をさらに狭くする。

時折、棚にぶつかりそうになっては、ノアの冷たい視線に気づいて慌てて身をかわす。


「……座ったらどうだ。お前が動き回ると埃が立つ」


 ノアは、先ほどボルガロスが破壊した樽の残骸を顎で示した。


「ああ、座るものはもうなかったか」

「ぐっ……! てめぇ、わざと言ってやがるな!」


 ボルガロスはギリギリと奥歯を噛みしめる。

その音だけで、そこらの小物は震え上がりそうだ。


「だーっ! もういい! とにかく聞いてくれ! 俺は、今、めちゃくちゃ困ってんだよ!」


 バンッ!とボルガロスは近くにあった鉄製の作業台を今度は壊さない程度に叩いた。


「最近な、東の山岳地帯で変な魔物に遭遇したんだ」

「変な魔物?」


 ノアの眉がわずかに動く。ようやく興味を示したらしい。


「お前の『豪腕』でも仕留めきれない、と。そういうことか?」

「そうだ!」


 ボルガロスは悔しそうに声を張り上げる。


「グリフォンだ。それもただのグリフォンじゃねぇ。やたら素早くて、しかも……クソッ、思い出しただけでも腹が立つ!」


 ブルブルと巨体を震わせ、こめかみに青筋を浮かべる。


「何度叩き潰してもすぐに傷が治っちまうんだよ! キシャァァ!って甲高い声で鳴きやがって目障りなんだ、あのトカゲと鳥の雑種が!」


 その言葉と共にボルガロスの拳が握りしめられ、ミシミシと骨の軋む音が響いた。


「再生能力が高い、と」


 ノアは冷静に呟き、作業台の上に散らばっていた羊皮紙の切れ端と炭の棒を手に取った。

 サラサラと何かを書き留め始める。


「具体的にどれくらいだ? 切り落とした腕が瞬時に生えるとかそういうレベルか?」

「瞬時にとまではいかねぇが……致命傷を与えても、数分もすりゃケロッとしてやがる!」


 ボルガロスは忌々しげに続ける。


「しかもだ! あいつ風の魔術みてぇなもんまで使いやがる! ヒュンヒュン飛び回りながら真空の刃みてぇなのを飛ばしてきやがってな! 当たると結構痛えんだ、アレが!」


 まるでその場に敵がいるかのように、ボルガロスは腕を振り回す。

 工房の道具がいくつか危うく薙ぎ払われそうになった。


「……お前が避けきれない速度で、か」


 ノアはペンを走らせながら淡々と言う。


「図体はでかいが、お前の突進力と反応速度は並ではないはずだ。そのお前が捉えきれないとなると……相当なものだな」

「ああ、そうだとも!」


 ボルガロスは胸を張る……が、すぐにしゅんとうなだれた。


「最初はよ、いつものようにブッ飛ばせば終わりだと思ったんだ。だが俺の全力の拳を叩き込んでも、アイツはすぐに体勢を立て直しやがる。こっちは消耗する一方だっつーのに!」


 ドスン、とボルガロスはとうとう床に直接座り込んだ。

 まるで駄々をこねる子供のようだ。


「もう三日もまともに寝てねぇんだぞ……」


 ノアはボルガロスの言葉を黙って聞きながら、時折、鋭い質問を投げかける。


「そのグリフォンの攻撃属性は? 物理攻撃だけか? 毒や呪い、精神攻撃の類は?」

「……いや、風の刃以外は爪と(くちばし)での物理攻撃だけだったと思うぜ? たぶん……」

「弱点らしい弱点は? 特定の属性に弱いとか、体のどこかに核があるとか」

「そんなもん見当たらねぇ! 俺の拳で全身くまなく殴ったが、どこもかしこも硬ぇし、すぐに治りやがる!」

「戦闘場所の環境は? 開けた場所か、森の中か、洞窟か?」

「だだっ広い高原だ。隠れる場所もねぇ」


 ノアは黙って羊皮紙に情報を整理していく。

 ボルガロスの戦闘スタイルは、良くも悪くも豪快な力押し。

 小細工は好まず圧倒的なパワーで敵を粉砕する。

 その彼が、速さと再生力に特化した敵を相手に消耗戦を強いられている。

 しかもプライドの高い彼がこうして頭を下げに来るほどに、だ。


 やがてノアは炭の棒を置いた。


「……なるほどな。厄介な相手ではあるようだ」

「だろ!? どうすりゃいいんだ、ノア! このままじゃ魔王四天王の名折れだ!」


 ボルガロスは藁にもすがるような目でノアを見上げた。


 ノアは組んだ両腕を作業台に乗せ、指先でトントンとリズムを刻む。

 しばしの沈黙。

 工房の中にはボルガロスの荒い息遣いと、ノアの指が作業台を叩く音だけが響く。


 やがて、ノアの口元にフッと不敵な笑みが浮かんだ。


「ふむ……面白い。確かに普通の武器や戦術では分が悪いだろうな」


 その灰色の瞳が獲物を見つけた肉食獣のように細められる。


「だが――」


 ノアは言葉を切った。

 ボルガロスがゴクリと唾を飲み込む。


「それだけの相手だ。相応の……いや、それ以上の『代償』を支払う覚悟があるのなら、お前の望みを叶えてやることもできなくはない」


 ノアは、どこか楽しげにそう言い放った。

 その声には抗いがたい魔力が込められているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ