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第6話 恐怖の林道体験

 その次の終末の土曜日。


 天気は曇り。梅雨らしい、朝から蒸し暑い日だった。


 僕と袋小路さんは、いつものように、というよりもかなり久しぶりに約束をして、もちろん自宅マンションの駐輪場で待ち合わせ。


 相変わらず、僕の目から見ると、バイクに乗る時の袋小路さんは、「カッコいい」とも思える格好だった。

 その日は、いつも愛用している白のオフロードヘルメットに、今日は薄手の黒いジャケット、下は緑色のカーゴパンツ姿だった。


 一方の僕は、同じく黒のオフロードヘルメットに、茶色いジャケット、下は紺色のチノパン。


 出発前。スマホで天気予報を眺めながら、袋小路さんが不安げに呟いた。

「うーん。まあ、曇りだから大丈夫だと思うけど、昨日が結構な雨だったからなあ。瀬崎くん。無理しないようにね」

「はい。今日、行くところはどこですか?」


「あ、行ってなかったっけ? 茨城県にある端上はたがみ林道」

(どこ? 聞いたことない)


 それもそのはず。

 端上林道は、茨城県の有名な山、筑波山つくばさん近くにある、全長6~7㎞の林道だが、林道マニアやジムニー乗りくらいにしか知られていない。


 通常のツーリングコースや、ドライブコースにはまず入らないし、旅行雑誌などに載ることもまずない。


 ということで、袋小路さんの先導の元、まずは高速道路に乗る。

 八王子インターから中央道、首都高、常磐道へ抜けて、休憩を挟んで約2時間半くらい。


 常磐道の土浦つちうら北インターで降りた。

 あとは県道を乗り継いで行くのだが、彼女、袋小路さんはいきなり幹線道路から外れて、細い林道のような道に入って行った。


 後で知ったことだが、ここも林道で「北筑波稜線」というらしい。

 その道は、完全に山道で、青々とした木々に覆われた細くて、デコボコの多い、しかし一応は舗装された道だった。


 ぐんぐん登って行く、Vストローム250SXに何とかついて行く僕。

 そもそも排気量は同じ250ccでも、僕が乗るCRF250Lは最高出力が18KW、24PS(馬力)だが、袋小路さんが乗るVストローム250SXは、最高出力が19KW、26PS(馬力)と向こうの方が上だった。


 その上、彼女の方が走り慣れている。

 臆することなくぐんぐん山道を登って行くので、僕はついて行くのがやっとだった。


 そして、頂上にたどり着く。

 開けた場所に出ると、彼女はバイクを停め、エンジンを切って、ヘルメットを脱いだ。

 僕が続いて同じようにする。


 見ると、眼下には茨城県の桜川さくらがわ市の街並みが見え、その向こうには広大な関東平野が見えていた。


 ちょうど昼時。

 ここで前回と同じように、袋小路さんが持参してきたバーナーとコッヘルを開き、今度は袋麺を2つ取り出した。


 どうやら今日はここで昼飯を食べるようだ。

 毎度のことながら、奢ってもらって悪いと思いつつ、持参してきた小さなキャンプチェアーに腰かけた袋小路さんから袋麺を受け取る僕。


「毎回、すみません」

「いいって、別に。こんなの安いでしょ」

 袋小路さんは、手慣れた手つきで、バーナーとライターを用意。途中のコンビニで買ったミネラルウォーターを計量カップで必要分だけ入れて、バーナーに火をつけた。


 あとは、料理をして食べるだけだ。

「ここ、パラグライダーの発着場になってるんだよ」

 土曜日のその日。天気が悪かったため、パラグライダーの姿はなかったが、彼女の説明によるとそうらしい。


「へえ。ここ、なんて山ですか?」

「きのこ山」


「可愛い名前ですね」

「まあ、そんなこと言ってられるのも今のうちだよ」


「えっ」

「ううん。何でもない」

 とにかく、こうして前回と同じように、野趣に富んだ状況で、2人並んで自然の中で袋麺を食べることになった。


 食後、彼女は休む間もなく出発。慌てて僕は後を追った。


 来た道とは逆方向の狭い林道に入って行く。

 最初こそ舗装されていたが、やがて未舗装路に入る。


 そして、僕は思い知ることになる。

(何だ、これ。道か!)


 途中からは道が「荒れて」いた。

 いわゆる洗堀せんくつされたV字型の溝が道のあちこちに見られ、フラットダートとは無縁の、まさに「ガレ」ている道。

 しかも昨日の大雨の影響で、いたるところに水溜まりが出来ており、道がぬかるんでいる。


 そんな中、袋小路さんは、全く臆することなく、上手に洗堀された場所を回避し、見事に切り返して、さっさと先に進んで行く。


(ちょっと待ってよ)

 と思う間もなく、僕は取り残され、やがて洗堀してほとんど「廃道」に近い状態のこの道に来たことを激しく後悔することになる。


(生きた心地がしない)

 とは、まさにこのことで、何度もバランスを崩し、転倒しそうになるのを必死に足で支えていた。


 幸い車重が軽いバイクだからまだいいが、それでも僕はまだ林道という物の怖さをわかってはいなかった。


 ぬかるんだ泥にまみれた水溜まりの道を避けようとしてハンドルを右に切った瞬間だった。

 今度は足元にあった大きな木の枝にフロントタイヤが乗り上げ、油断してバランスを崩して、気がつけば右側に転倒していた。

 一瞬のことで、回避する余裕もなかった。


(いたた)

 と思うものの、咄嗟にバイクから逃げたので、バイクの下敷きになることもなく、また強く痛むところは特になかった。強いて言えば転倒した際に、右にコケて、右足のくるぶし近くを打ったくらい。


 とりあえず車体を起こすことに専念する。

 だが、軽い車体に対し、場所が悪かった。


 すぐ近くにぬかるんだ泥の水溜まりがあるせいで、上手く力が入らず、バイクの車体が上がらなかったのだ。


―グゥオオオーン―


 困っていると、彼女が気づいたのか、戻ってきた。


 そして、

「大丈夫!」

 すぐにバイクを降り、ヘルメットを脱いで、心配そうに駆け寄ってきてくれた上に、一緒にバイクを起こすのを手伝ってくれるのだった。何とか二人の力でバイクは起き上がる。


「ありがとうございます、袋小路さん」

 早速礼を述べる僕に、彼女は、


「どこかぶつけてない?」

「右足をちょっと」


「えっ。見せてみて」

 心配そうに覗き込んできた。


 仕方がないので、恥ずかしいと思いながらも、僕は右足のズボンの裾を少しめくって見せた。

 幸い、ぶつけたところは紫色になってはいなかったが、少しだけ痛む。


「大丈夫だと思うけど、念のために湿布を貼った方がいいよ。それでも痛むなら病院に行くこと」

「はい」


「ごめんね。私のせいで」

 袋小路さんが、明らかにわかるくらいに落ち込んで、うつむいていた。


「いえ、別に袋小路さんが悪いわけではありません。ちょっと油断しました」

 僕は必死に弁解をしていた。


 袋小路さんは、さすがに悪いと思ったのか、僕の方を見て、真剣な表情で語り出した。

「瀬崎くん」

「はい」


「私が走った後に同じようになぞって走ってきて。出来るだけ楽そうな道を走るから」

「はい。わかりました」


「それと、林道は一人で行かないこと。今回は私がいたからいいけど、一人だと何かあったら対処できないからね」

「わかりました」

 こうして、その後は、何とか袋小路が進んだ後をなぞるように走ることになり、袋小路さんもまた僕に合わせてゆっくりと進んでくれるのだった。


 今さら戻っても山頂に行ってしまうのと、距離損を考えるとこのまま下って、平地に降りた方が確実と判断したのだろう。


 しかしこの端上林道の荒れ具合はなかなかに酷く、きのこ山の頂上から少し降りると早くも洗堀が始まり、雨が降って、水溜まりだらけのデコボコした道をひたすら数十分に渡って、降りて行く。


 ちょっとでも油断すると、転倒しそうな荒れ放題の道だったが、低速かつ袋小路さんがたどった道をたどり、何とか無事に下山。


 早速、袋小路さんの案内で、近くにあるドラッグストアに駆け込み、湿布を買って貼る僕だった。


 こうして、初の本格的な林道ツーリングで、僕は「洗礼」を受けることになった。

 だが、同時に心の中では思うのだった。


(意外に林道って、楽しい)

 と。


 転んだのはもちろん痛いし、いい思い出にはならないかもしれない。

 ただ、普段走らないような道を走れるし、何というか「冒険」的な魅力があると思ったのだ。


 男の子は、いつまで経ってもこうした「冒険」に憧れを持つ生き物だ。

 その意味では、林道こそ「バイクの冒険」だと僕は気付いたのだった。


 袋小路さんと一緒に行ったという喜びよりも、僕は「林道」そのものに魅力を感じ始めていた。

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