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第5話 オフロードへの道

 僕は、袋小路さんの友人である西部さんに指摘されたことで、かえって袋小路さんのことを意識してしまう。


 普段は、それこそ「地味」が服を着て歩いているくらい、目立たない瓶底眼鏡少女の袋小路さんだが、初めて誘われて行った、林道ツーリングで見た、あの爽やかな笑顔を僕は忘れられなかったのだ。


 興味がある、というか、少しずつだが、彼女に「惹かれて」しまっている自分に気づき始めていた。


 そして、

(もっと仲良くなりたい)

 と思う、少年のような心持ちに至り、次に起こした行動は簡単だった。


(袋小路さんと同じところに立つ)

 ことを目標とするようになったのだ。


 バイトだった。

 幸い、大学生は1、2年生くらいだとまだ就職を考えることもなく、一番余裕がある。


 授業の単位さえ適当に取っておけば、後はバイトをして、金を稼ぐ時間が出来る。

 僕は、早速、空いた時間に積極的にアルバイトを入れた。


 目標は、2か月後くらいまでに金を貯めて、それを頭金にして、新しいバイクを買うことだった。


 バイト自体は、飲食店のホールスタッフ、配達、接客業、イベントまで幅広くやり始める。


 と、同時に目指すべき「視点」として、バイトの休憩時間に僕はスマホから検索して考えた。

(袋小路さんとオフロードに行くには、それに適したバイクがいい。これなんかよさげだ)

 と、画像検索で出てきたバイクを頭の中に入れる。


―ホンダ CRF250L―


 見るからに、車体が細くて軽い、そしてギザギザのタイヤを履いた、見るからに「オフロード」仕様のバイクだった。色は赤と目立つが、赤色は「膨張色」と言って、見た目より大きく見えるらしい。


 それに、赤は「情熱」の赤とも言われる。


 袋小路さんの隣に立ち、彼女を「物にしたい」と画策するなら、悪くはない、「縁起担ぎ」になると、僕は思った。


 だが、

(シート高が880ミリか。アドレスより140ミリも高い)

 問題はそのシート高だった。


 アドレスはスクーターだから、もちろんシート自体は低いし、誰でも乗れるが、このCRF250Lというバイクは、明らかにオフロードバイクだから、全体的にシート高が高い。


 それでも、一応、身長が173センチはある、僕は「乗れないことはない」高さでもある。


 140ミリ、つまり14センチの差が果たしてどれほどの影響を与えるか、は実際に乗ってみなければわからなかったが。


 とにかく、僕は働いた。

 暇さえあればバイトを入れ、ひたすら働く僕に、袋小路さんが、


「林道ツーリングに行かない?」

 と誘ってくれたのだが、それを苦渋の決断で、泣く泣く僕は断っていた。


 寂しそうな表情を見せる、袋小路さんの顔が忘れられなかった。


 その分、

(ごめん、袋小路さん。新しいバイクを買ったら、きっと誘うから)

 自ら強く心に決めるのだった。


 そして、あっという間に2か月が経った。


 6月。

 梅雨が始まりそうな時期になって、ようやく僕はある程度の資金が貯まり、ネットから検索して、新古車がある店に来店予約を入れる。


 そして、商談をして、実際にCRF250Lにまたがってみた。

(高いけど、何とかなりそう)

 そう思ったのは、このバイクが想像以上に「軽かった」からだ。


 アドレスV125の重さが約97キロ。対して、このCRF250Lの重さが約141キロ。40キロ以上も重いが、200キロを超すようなバイクが多い中、これは軽いと言える。


 足つきは悪いし、原付スクーターのアドレスに比べたら、車長、車幅、車高の全てが大きいが、それでもバイク全体から見れば非常に「軽くて扱いやすい」物だった。


 僕は早速購入手続きをして、バイトで稼いだ頭金を入れ、それ以外は3年ローンを組んで、納車まで2週間を待つ。


 そして、6月中旬。

 梅雨入りしそうな頃になって、ようやくそのバイクが手に入った。


 オフロードに乗り換えるため、アドレスは売却。ヘルメットもオフロード仕様の黒い物を購入。


 僕は袋小路さんには、このことを伏せていたから、満を持して、その新しいバイクにまたがって、バイク屋から自宅に戻った。


 そして、運良く、その日、日曜日にどこかへツーリングに行っていたのであろう、袋小路の黄色いVストローム250SXが、カウルに土汚れをつけた状態で、マンションの駐輪場に戻ってきたのだ。


 彼女は、ヘルメットを脱いで、驚いた表情で、叫ぶように声を出した。

「どうしたの、瀬崎くん。そのバイク? エンデューロも走れるじゃん」

「エンデューロ?」


「知らないの? モトクロスのレースのこと。レースにでも出るの?」

「いえ」


 僕は、ここで満を持して、内心、ドキドキしながらも、小さな勇気を振り絞って、袋小路さんの目を見て主張するのだった。


「このバイクで、袋小路さんと林道ツーリングに行きたいんです」

「えっ」

 さすがに驚いて、目を丸くしていた彼女。


 しかし、次の瞬間、彼女の表情が和らいだ。

「いいねえ。瀬崎くんも、ついにオフロードに目覚めたか」

 

 僕は、思わず照れ笑いを浮かべるが、袋小路さんは顎に手を当てて、少し考え込んでいた。


「でも、時期が悪いねえ」

「えっ」


「だって、これから梅雨だし。梅雨(どき)に、林道は行きたくないなあ」

(ベテランの袋小路さんでもそう思うのか)


 正直、オフロード初心者の僕はこの時、「オフロードをナメていた」のだ。その結果、後に後悔することになるのだが。


 袋小路は、スマホを開き、見ながら呟いた。

「うーん。天気はイマイチだけど、とりあえず今週末、林道行くけど、一緒に行く?」

「はい」

 何も考えず、僕は条件反射のように、「袋小路と行ける」喜びだけが優先し、頷いていた。


 その先に、見たこともない世界があるとは知らずに。

 とにかく、こうして僕のホンダ CRF250L、袋小路さんのスズキ Vストローム250SXという、2台のオフロードバイクが揃った。


 週末の天気予報は曇り。ただ、その直前は雨マークだった。

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