第4話 恋のキューピッド?
4月の入学後に、急きょ、誘われる形で、林道ツーリングを経験した、僕、瀬崎涼介。
さすがに、排気量が少なく、街中を駆け回るような、原付二種スクーターでは物足りないというか、袋小路さんについて行くことすらできないことを痛感しており、内心では、
(せっかくだから袋小路さんと、また林道ツーリング行きたいな。バイトして、250ccのバイクでも買うか)
と、薄っすらと考え始めていた。
250ccのバイクというあたりに、学生らしい部分があり、維持費を考慮しつつ、「通学」にも使うため、それ以上の400ccの排気量は、僕の選択肢に入っていない。
そのため、250ccでもいわゆる「オフ車」になると、選択肢は限られる。
そんなある日のこと。
いつも通り、原付スクーターで八王子市にある、大学へと通学し、経済学の授業を受けるべく、広い教室の真ん中より左、むしろ教室の目立たない端っこに一人腰かけて、教科書とルーズリーフを開き、同時にipadも開いた僕。
ふと見ると、通路を挟んだ向こう側に見知った顔があった。
袋小路さんだった。
バイクに乗っている時とは、まるで違うような地味な服装に、例の瓶底みたいに分厚い眼鏡をかけており、お世辞にも「オシャレ」とは言えない、苦学生みたいな格好だった。
目が合って、思わず会釈をすると、彼女もまた会釈を返してきたが。
今回は、彼女とは別に客が彼女の隣に座っていた。
身長145センチ程度。小柄で、胸も小さく、少し幼児体型にも見える、童顔の少女。髪の毛はロングヘアーで大人っぽくも見えるが、中学生くらいにも見えるくらい、幼い印象を与える。パッと見は、下手をすると小学生にすら見えるくらい幼い。
ラフなチェック柄のシャツに、チノパンを履いていた。
その子が、ふと僕の視線に気づいた。
そして、おもむろに立ち上がり、僕に近づいてきた。
驚きながらも、様子を見守る僕に、近づいてきた彼女は、小声で話しかけてきた。
「君か。近頃、亜里沙と仲がいいっていうは男は」
「はい? どちら様ですか?」
そのあどけなさが残る表情とは裏腹に、彼女はいたずらっ子のように微笑んでいた。
「私は、亜里沙の高校時代の友人で、西部るみか。よろしく」
「瀬崎涼介です。よろしくお願いします」
彼女は、僕を「品定め」するように、上から下まで鋭く目線を走らせると、得心がいったのか、柔らかさを感じさせるような、笑みを浮かべた。
「ふーん。まあ、がんばんなよ。ただし」
「……」
何を言われるのか、僕は緊張した面持ちで、言葉の先を待つ。
「前途多難だと思うよ」
「どうしてですか?」
「亜里沙の好きな物、何だか知ってる?」
「さあ」
肩をすくめ、想像も走らせられないような僕に、その子は、西部るみかはからかうように答えた。
「バイクだよ」
「それは見ていればわかります」
あまりにも当たり前すぎて、拍子抜けしていた僕に対し、少なくとも僕よりは長い期間、「彼女」を知っている西部さんは、続けた。
「私が言いたいことは、亜里沙が興味を示す物は『バイクしかない』ってことだよ」
「つまり?」
「つまり、『君がこれからバイク以上の存在にならないと、君の恋は実らない』ってこと」
「なっ」
言葉を失って、顔面蒼白に近い形になっている僕に、彼女は悪魔のように微笑んだ。
「好きなんでしょ、亜里沙のこと」
「いや、それはまだ何とも……」
「ついでに教えておいてあげるよ」
「何をですか?」
「亜里沙の嫌いな物」
ごくり、と僕は自らの唾を飲み込み、緊張した面持ちを作る。
「しつこい男、だって」
心臓の音が自ら聞こえるくらい、跳ねあがっていることに僕は気付いてしまった。
(バイクが何よりも好きで、しつこい男が嫌い。なるほど。ある意味、前途多難か)
そして、思い知るのだった。
西部るみか。彼女は、自分が言いたいことだけを告げると、授業開始のチャイムと共に教壇に上って、話し始めた教授を見て、自分の席へと戻って行った。
彼女が、僕にとって、「恋のキューピッド」になるかどうか。それ以前に、僕は本当に袋小路亜里沙のことが好きなのか。
それすらもわからないまま、僕らの大学生活は続いていくのだった。