第23話 絆
それはあまりにも唐突な「知らせ」だった。
―瀬崎くん。大変だよ―
というLIMEのメッセージから始まったのだ。
送ってきたのは、西部さんだった。
そして、ある意味、それは西部さんがかつて心配していた、懸念が現実の物となったのだった。
―何ですか?―
―亜里沙が怪我をして、入院した―
「えっ!」
さすがに僕は慌てた。
怪我の程度にもよるが、居ても立っても居られず、西部さんに連絡し、住所を聞いた。
もちろん、それは彼女が救急車で搬送された病院の場所だった。
八王子市内にある、とある総合病院。そこにバイクで駆け付けると、すでに西部さんの姿があった。
慌てた調子で、彼女に問い詰めるようにして尋ねていた。
「袋小路さん、どうしたんですか?」
「あ、ああ。何でも林道を走ってて、滑落したとか」
「滑落……」
恐れていたことが起こってしまった。
林道をバイクで走る時、一番気を付けなければいけないのが、この滑落。つまり、コース上からの転落のことだった。
彼女、袋小路さんは、栃木県にある、とある林道に一人で行き、そして滑落。左足の中足骨を2本折って、全治およそ2か月程度だという。
幸い、足の指の骨に当たるので、ギプスで固定して安静にしていれば、それほど重症化はしないらしい。
事実、彼女は自分で立ち上がって、JAF、次いで救急車も呼んでいた。
とりあえず、僕と西部さんは急いで、病院に行き、すぐに病室に通された。
ベッドに仰向けに寝たまま、病院の白い院内着を着た彼女は、さすがに落ち込んだような、暗い表情だった。
「やあ、るみか。瀬崎くん」
と、空元気を作るように言っていたが、彼女の親友のるみかから、
「バカ! ほんっとにバカなんだから!」
思いきり怒られており、彼女は委縮していた。
何だか、そんな彼女の様子を見るのが、僕は少し可哀そうに思えた。
西部るみかは、散々彼女に文句を言った後、
「じゃ、私は用事があるから。ちゃんと治すんだよ」
と言って、さっさと立ち去ってしまうのだった。
なんだかんだで、西部さんは彼女なりに心配だったのだろう。言葉がキツいのはその裏返しとも言える。
一方、病室に残された僕と袋小路さん。
ここの病室は、個室だった。どうやら彼女の希望で、プライベートがある個室にされたようだ。元々、彼女はコミュニケーションが苦手なタイプだから無理もないが。
残された僕は、彼女のベッドに近づいた。
「袋小路さん」
「ごめんね、瀬崎くん。私がバカだから、しばらく林道ツーリングには付き合えないよ」
機先を制するように、しかし弱々しい声音で呟く、泣きそうな顔の彼女を見ていると、僕はたまらなく可哀そうというよりも、不謹慎だが、可愛らしく思えてしまった。
この子の笑顔を守りたい、と、不思議な庇護欲に近い感情が浮いてくる。
「そんなこといいですって。それに袋小路さんは、バカじゃないです」
「えっ。でも、るみかが」
「西部さんは言い過ぎです。僕は、袋小路さんは悪くないと思うんです」
「……そりゃ、ちょっと私を買いかぶりすぎだね」
と、言いつつ、彼女は少し嬉しそうに目を細めていた。
「で、何があったんですか?」
「うん」
聞いてみると、何のことはなかった。
通常、林道を走っていてもコースアウトすることなんて滅多にないのだ。ましてや彼女は林道ツーリングには慣れている。
だから、僕は内心、疑問に思ってはいたのだが。
どうやら、思いきりダートの林道を走行中に、突然、草陰から猿が飛び出してきたらしい。それに驚いた彼女が咄嗟にハンドルを切った瞬間。
たまたまそこにあった、傾斜のある崖にバイクの前輪が入ってしまい、そのまま転落、打ちどころが悪かったのと、普段使っているライディングシューズではない普通の靴だったのが災いして、骨折となったそうだ。
つまり、彼女の不注意というより、不幸な事故に過ぎないわけだ。まあ、ちゃんとした靴を用意しなかった彼女の油断はあっただろうが。
「何だ。じゃ、袋小路さんは全然悪くないじゃないですか。どうして西部さんに言い返さなかったんですか?」
「だって、どうせ言ってもわからないでしょ」
僕は、小さく溜め息を突いていた。この子は、本当にもう、何というか。
「相変わらず不器用ですね」
思わず口を突いて出ていた。
そう。彼女は、不器用というか、要領が悪いのだ。
何かというと、不利な方というか、アンラッキーな方に行く、というか生き方が下手とも言える。
それだけに僕は、心の中で決心するのだった。
「袋小路さん」
「何かな?」
「僕、毎日見舞いに来ます」
と。
「えっ。毎日? いいよ、恥ずかしいから」
と彼女は遠慮していたが、僕は心の底から決意していたのだ。
(彼女を守りたい。助けになりたい)
と。
それが、彼女に対する、純粋な恋心であり、今まで教えてもらった、林道ツーリングの楽しさに対する「恩返し」でもあったからだ。
「僕は袋小路さんのことが心配なんです。とにかく毎日来ますから」
それだけを告げ、僕は病室を去った。
それから2か月。
さすがに本当に毎日とは行かず、たまに来れない日もあったが、僕はそれこそ雨の日も風の日も、彼女の病室に通い続けた。
あまりにも毎日行くものだから、看護師さんからは彼氏と思われ、袋小路さんの家族からも彼氏と思われ、袋小路さん自身は、何だかすごく恥ずかしそうな顔をしていた。
だが、ある日、ギプスが取れてリハビリを受けた帰り道。
病室に戻る彼女に連れ添って、肩を貸して歩いていると。
「ごめんね。それと、ありがとう」
照れ臭そうに彼女はボソっと呟いた。
「えっ」
「迷惑かけて」
「迷惑なんて思ってないですよ。僕が好きでやってることです」
そう言うと、彼女は目を逸らし、恥ずかしそうに小さな声で問いかけてきた。
「あの、瀬崎くんは……」
「何ですか?」
「いや、何でもないよ」
言いかけたまま、俯き、口をつぐんでしまうのだった。彼女が本当は何を言いたかったのかが気になったが、僕はあえて突っ込まなかった。
だが、ここで過ごした2か月の間、僕は病室で彼女と色々なことを話した。
家族のこと、小さい頃から父のバイクに乗せてもらっていたこと、将来のこと、もちろん復帰後にバイクで行きたい場所のことなど。
僕は、彼女と毎日会えるというだけで、内心、喜びに満ちており、ツーリングに行かずとも、バイクという「足」があるだけで、彼女の元にいつでも行ける、というメリットを感じていた。
年が明けて、1月末。彼女は退院した。




