第21話 台湾ツーリング(PART 4)
翌朝の朝食は、台南市街にある、お粥専門店だった。
お粥。台湾ではこの手の料理がいっぱいあり、特に朝食を提供する店がそれこそめちゃくちゃ多いのだが。
地域によっても差があり、台湾南部では、魚、特にザハヒーを使った物が多い。
虱目魚と書く小型の魚で、英語ではミルクフィッシュとも呼ばれる。
そんな中、
「さっぱりしてて、美味しい」
と、袋小路さんは、気色を面上に浮かべて、箸を動かしていた。
一般的には、ザハヒーは、火の通った身の部分は鶏肉のように食べ応えがあって、腹はとろとろで、しかしクセのある魚とも形容されるが、基本は火の通したマグロに近い感じだと言われる。
そして、お粥は雑炊に近い系。サラサラで美味だった。
「確かに美味いですね」
僕も感心して、朝食を食べるのだった。
食べ終わると、給油に向かう。
この旅、初の給油だったが、事前に劉さんから教えてもらっていた。
「スクーターは一番低い表示のところです」
と。
台湾でも、ガソリンの種類が3種類ある。そのうち、恐らくレギュラーを示す一番安い物を選択。支払いは、世界では大体どこでも使えるクレジットカードで出来る。
何とか最初の給油を終えると、後は、ひたすら袋小路さんについて行く旅になる。
何しろ、彼女は運転が上手いし、柔軟性もあるし、慣れるのも僕よりも速かった。
颯爽と台湾の風を浴びながら、台南から南下。
もちろん、途中でいくつかの観光名所を巡った。
その途中、またコンビニで休憩中。
「日式」のお茶を飲む僕は、台湾のお茶は甘すぎて苦手だと感じたからだったが、甘い物を苦にしない袋小路さんは、加糖茶と書かれた台湾のお茶を飲んでいた。
「袋小路さん」
「ん、何?」
今日の彼女は、いつもより機嫌が良さそうに見えた。
なので、僕は思いきって、前から気になっていたことを尋ねることにしたのだ。
「本当はどうして台湾に来ようと思ったんですか? そもそもいつもオフロードばかり走る袋小路さんにはつまらないんじゃ」
そう尋ねると、彼女はお茶を一口、飲んでから、少し間を置いて返してくれるのだった。
「瀬崎くん」
「はい」
「私がいつ、オンロードはつまらないって言った?」
「すみません」
「別に謝らなくてもいいけど。瀬崎くん、バイクの楽しさって何だと思う?」
質問には答えず、代わりに逆に質問されて、僕は困っていた。
「うーん。難しいですね。一言では言えないかもしれません」
言葉に詰まり、言葉を濁す僕に対し、彼女は再びお茶を口に含み、軽く息を吐いてから、自信満々の瞳を向けてきた。
「バイクは、常に自由。どこを走ってもいいし、何時間走ってもいい。世の中のしがらみに捕らわれない。そんな『未知の世界』を見れることが、私にとっては、バイクの最大の魅力」
「なるほど」
「っていうのは、実は父の受け売りだけどね」
と、心なしか照れたように呟く彼女の様子が、可愛らしく見えた。
「袋小路さんは、将来、何になりたいんですか?」
唐突にそんな質問をした僕に、彼女は驚いたような瞳を向けたが、僕の脳裏にあったのは、動画投稿サイトに走行動画をアップしていた、袋小路さんの姿だった。
「それは、まだわからない。けど、私は父のように、旅をしたいのかも」
「お父さん、いえ。袋小路鷹志さんみたいにですか?」
「うん。父は、あれでも偉大な冒険家。今まで世界中の様々なところに行って、記録を打ち立ててきた」
僕は、思い出していた。
袋小路鷹志さんの偉業について。
確か、世界で初めて標高6,000メートルを超える山の上までバイクで行ったとか、北極や南極をバイクで制したとか、そんな記録を持っていたと思う。
「袋小路さんも冒険家に?」
「なりたいとは思ってるけど、まだわからない」
まだ20歳そこそこの彼女。
将来に対する明確な意志や進路は決めていないようだ。
だが、僕はせっかく知り合えた、彼女がそのことで、また遠くに行ってしまうことに不安を感じた。
感じたが、同時に、それが理由で彼女を引き留めておくことは出来ない、とも思った。
自由に羽ばたきたい。バイクをこよなく愛する彼女を、僕のわがままで引き留めて、自由にさせない。
そのことだけは避けなくてはいけない。
それでは、彼女の魅力は半減するからだ。
そこで、迷いに迷った僕は、絞り出すように喉の奥から、ようやく声を引き出した。
「素敵な夢ですね。僕は応援しますよ」
「ありがとう」
それきりこの話題は終わった。
彼女が何を考えて生きているのか、ほんの少しだけわかった気がした。
だからこそ、彼女はあの動画を編集して出したのかもしれないし、それを取っ掛かりとして、今度は世界を舞台にした、ツーリング映像でもアップするつもりなのかもしれない。
それが、将来の冒険家への布石になると信じて。
だが、僕は同時に思っていたことを彼女に投げかけた。
「袋小路さん」
「ん?」
「暗峠の動画見ました。せっかくだから、顔は出した方がいいです」
「なっ。見たの?」
「はい。『Dead End Girlチャンネル』ですよね?」
「……うん、まあ」
その瞬間、恥ずかしくなったのか、彼女は急にうつむいてしまった。そんなに恥ずかしいなら、最初から動画なんて流さなければいいのに、と僕は思うのだが。
「ああ、でも、顔を出したら、袋小路さんの可愛い顔が、全世界に晒されてしまう。それはそれで嫌かもしれません」
臆面もなくそう告げた僕に対し、袋小路さんは、赤くなって、大きな声を上げていた。
「か、可愛いって本気で思ってるの?」
「はい。袋小路さんは、十分可愛いですよ」
「わ、わかったから、もう連発しないで!」
照れて、視線を逸らしてしまう、そんな彼女がたまらなく愛おしく思えるのだった。
その日、しばらくは袋小路さんは、照れたように、僕に視線を合わそうとしなかった。
どうやら、こういうのは慣れてないらしい。




