第20話 台湾ツーリング(PART 3)
(右側の右を走る)
普段、海外などで運転しているようなドライバーなら、問題ないのだろうが。
僕にとっては、慣れるまで時間がかかる、というか違和感が拭えない。それが「右側通行」。
キープレフト。つまり、道路の左側を走ることに慣れているから、いざ右側を走れ、と言われてもついつい、右側の左側、つまり、道路側を走ってしまう。
そのことに、
「ちょっと危ないですね」
と劉さんに注意されていた。
もちろん、中央線に近寄って走っていると、対向車が来た場合、危ないのは、日台どちらも変わらないからだ。
と言っても、最初こそ緊張していたが、台湾の人口密集地である、巨大都市、台北から一歩離れると、余裕が出てきた。
ちなみに、台湾製スクーターの乗り心地は、悪くなく、さすがに長時間乗っていると、尻が痛くなるが、ある意味、日本製のスクーターと遜色がなかった。
右側に光り輝く東シナ海を見ながら、南下していく。
先導するのは、劉さん。そして、その後部座席にはタンデムという格好で、恋人の黄さんがジェットヘルメットをかぶって、座っていた。
その綺麗な形のお尻やスラリと伸びる、美しい足を後ろから眺めながら、僕は、
(いいなあ、あの子)
と、つい目で追っていた。
台湾は暑いというのもあり、黄さんは丈の短いホットパンツみたいのを履いており、生足が眩しかった。
それが男の悲しいサガだったのだが、他人の彼女から目が離せなかった。そして後々、これが袋小路さんと僕の関係に影響してくるとは思ってなかった。
台中に向かう道路上、見ると日本では馴染みの物が見えてくる。
(コンビニだらけだなあ)
そう。台湾にもコンビニはある。
というより、ほとんど日本と変わらないバリエーションの店がある。
日本でよく見るお馴染みのコンビニはもちろん、怪しい色の看板が目立つ、恐らく台湾でしか見かけないような、ローカルなコンビニまで、多種多様なコンビニが点在していた。
もちろん、その多くで日本語は通じないが、内装はほとんど日本と同じだし、同じ漢字文化圏。漢字から大体のことは類推できるし、場所によっては「日式」、つまり日本式の日本で売っている物と全く同じ商品が売っていることもある。
僕たちは適度に休憩を挟みながらも、まずは台中を目指した。
問題は、日本と違って台湾では「原付を含む250cc以下のバイクは、高速道路は走行禁止」というルールがあったことだった。
高速道路を使えば、それこそ台北から台南まで3時間から4時間で行けるのだが、下道だけだと軽く7時間はかかる。
ただ、僕としては次第に余裕が出てきて、楽しくなってきたので、走行時間が伸びることに不満はなかった。
とあるコンビニでお茶を買って休憩中。
この旅が始まってから、どこかよそよそしいというか、距離を感じていた、袋小路さんが珍しく僕に声をかけてきた。
「黄さんが随分、気に入ったようね、瀬崎くん」
目が怖かった。
だが、考えようによっては、これはチャンスと言える。僕は彼女が、僕に対して、一種の「やきもち」を焼いてくれていると思うのだった。
「えっ。だって、美人でしょ」
「どうせ、私はあんなに可愛くないよ」
ぷい、と目を背けてしまう袋小路さんが、何だかとても可愛らしい生き物に見えて仕方がなかった。
なので、僕は、ちょうど劉さんと黄さんがまだコンビニから戻ってこないことを見計らい、袋小路さんに向き合った。
正面から彼女を見つめ、そして力強く言い放つのだった。
「そんなことないです。袋小路さんは、十分、可愛いですよ」
その瞬間、彼女は照れ臭くなったのか、目を逸らして、そして背中を向けながら、
「どうせみんなにそんなこと言ってるんでしょ」
と、そっぽを向いてしまった。
前途多難と思われた、僕と袋小路さんの関係に、少しだが、変化が生まれようとしていた。
その日の昼食は、適当にコンビニで食べた後、夕方には台南へ到着。
結局、その日も今度は台南の夜市で、昨日と同じように現地飯を食べることになった。
彼ら、劉さんと黄さんは、明日は台北の大学で授業があるので、帰るとのこと。
僕は内心、美人の黄さんと別れるのが残念に思えたくらいだった。
別れる前に、彼、劉さんは面白い物を取り出して、僕と袋小路さんに渡すのだった。
それは、リボンのようなバンダナのような帯で「環島ing」と書かれてあった。
「これは?」
「機車瓢帯。台湾を一周するライダーや自転車乗りが目印につけるリボンです」
「へえ」
何だか気恥ずかしい気もするが、僕たちはありがたく受け取った。
一方、袋小路さんは、満面に笑みを浮かべ、それを嬉々として頭につけていた。彼女らしいと言えば、らしい。
別れ際、劉さんは、
「最後にバイクを返す時、もしトラブルに遭うようだったら、遠慮なく連絡して下さい」
と丁寧に言ってきた。
何でも、たまに外国人がレンタルバイクで金銭トラブルに巻き込まれることがあるとのこと。
この辺りが、海外らしいところではあるが、日本人は押しが弱いから、相手の主張に押されて、いい値で支払ってしまうことが多いんだとか。
「ありがとうございます。黄さんも」
僕は劉さんに礼を言って、握手をした。次いで黄さんとも。
細くて、綺麗な手は強く握ると壊れてしまうと思われるくらい繊細だった。
劉さんたちは、250ccのバイクだから、僕たちよりも速く走れる。そのまま、一直線に台北を目指すという。
「下次見!」
元気にそう告げて、彼らは去って行った。
ちなみに「また会いましょう」という意味らしく、英語で言うところの「See you again」に近いニュアンスだという。
そこから先は、僕と袋小路さんの二人きりの、未知なる台湾ツーリングとなった。




