第2話 袋小路さんの秘密
3月末。
家具一式は備わってあるため、大した荷物もなく、栃木県の実家から引っ越しをした僕、瀬崎涼介。
洋服を中心に荷物をまとめて、新生活が始まる。
そんな中、気になったのが駐輪場だった。
僕が乗るバイク、アドレスV125は軽いし、原付なので、自転車と同じように置ける。
その屋根付きの、小さな駐輪場に、目立つバイクが置いてあった。
色は黄色と黒。
先端にクチバシのような尖ったデザインが目立ち、シートが高い。リアキャリアには樹脂製の黒いボックスが取り付けてあった。
バイクカバーすらつけていなかったので、やたらと目立っていた。
(誰のバイクだろう? オフロードっぽいな)
と思ったのが第一印象。
そして、実際に入学まで僕は、このバイクの持ち主が誰だかわからないままだった。
入学を終え、一通り大学のカリキュラムを選択し、ようやく僕の大学生活1年目が始まろうとしている頃。
―グゥオオオーーン!―
ある日の夕方、僕が自宅のマンションにアドレスで帰ると、駐輪場でばったりと遭遇したのが、あのバイクだった。
瀬崎が駐輪場の屋根の下にアドレスを入れて、エンジンを切り、ジェットヘルメットを脱いだ時。
すぐ隣にそのバイクが勢いよく入ってきたのだ。
見ると、オフロード用の白いフルフェイスヘルメットをかぶっている人物が、僕の目に映った。
少し線の細い印象を与え、うなじの辺りから長い髪が覗いていた。
エンジンを切り、ヘルメットを脱いだその人物を見て、僕は仰天した。
まるで見た目が違う。瓶底眼鏡をしていなかったし、目に力があった。だが、そこには先日会った、袋小路さんの面影が確かにあった。
そして、
「ああ、瀬崎さん。このバイク、あなたのだったんですね」
妙に明るい声と表情で話しかけてきた、彼女に先日の陰気な雰囲気はなかった。
「はい。って言うか、袋小路さんのだったんですね。意外です」
思ったことを正直に口にした僕に対し、彼女は豪快な笑い声を上げた。
「いや、ちょっと林道を走ってきたんですよ」
「り、林道?」
「ええ。今日の林道は最高でした。山が綺麗で、飯も美味かったです!」
初めて会った時とまるで違う、生き生きとした表情の袋小路に、僕は面食らっていた。
(一体、どっちが本物の彼女?)
と思うくらい、180度違うのだ。
一瞬、別人か、双子か、あるいは二重人格かと思ったくらい、彼女の印象が変わっていた。
「瀬崎さんも、バイクに乗るんでしたら、今度一緒にツーリング行きますか?」
しかも、彼女はいきなり誘ってきた。
それは、僕にとっては、嬉しい誘いではあったが、同時に「戸惑い」を禁じ得ないものでもあった。
何しろ、
(125ccのスクーターでツーリングって言ってもなあ)
という気持ちがあるし、話を聞いてみると、彼女はかなりアクティブで、未舗装路なんか平気で走りそうな気がしていたからだ。
しかし、
「まあ、時間があれば」
とりあえず頷いておいた、優柔不断な僕の答えに対し、袋小路さんは輝くような笑顔を見せた。
「マジっすか? じゃあ、早速、次の週末、千葉県の林道に」
「いえ、いきなり林道はちょっと。そもそもこいつスクーターですしね。袋小路さんのようなバイクとは違くて。そもそもなんて名前のバイクですか?」
「スズキ Vストローム250SX。ありとあらゆる場所を走れる、インドで生まれたバイクですよ」
僕には意外だった。
初めて聞く名前のバイク。しかも生まれたのはインドだという。
一応、詳しく聞くまでもなく、彼女が雄弁に説明してくれた。
それによると、Vストローム250SXは、スズキが誇るアドベンチャーバイク、Vストロームシリーズの中で、最も後発で、元々はインドで生産されたらしい。
つまり、未舗装路が多いインドでも走れるというバイクだ。
それが、数年前に日本でも生産が開始されたという。特徴的なのは、油冷で単気筒という、独特のエンジンだった。
単気筒自体は、小排気量のスクーターなどには多いが、「油冷」というのは、通常の水冷や空冷と違い、文字通り油で冷却をするという、変わったシステムらしい。
彼女に言わせると、「軽くて、どこでも走れて、燃費がいい」らしい。唯一の欠点は、シートが高いことだそうだが。
「ただ、この子、シート高が835ミリもありますからね。私のような女子だと足つきが悪いんです」
「じゃあ、どうしてるんですか?」
「ローダウンシートを使うという手もありますが、邪道だと思ったので、そのまま乗ってます。まあ、私の身長だと足先がギリギリのツンツンですけどね」
笑顔を見せる彼女。そもそも恐らくコンタクトレンズだろうが、眼鏡をつけていなくて、笑顔を見せる彼女は、僕が思っていた以上に、可愛らしいと感じて、どぎまぎしていた。
同時に、自らのバイクを「この子」と呼ぶあたり、彼女のバイク愛を感じるのだった。
人は、「生き生きしている表情」だと魅力的に映るのだ。
ただ、一つだけ、僕は彼女には言えないが、思ったことがあった。
(ツーリング先で、行き止まりに会いそうな名前だけど)
袋小路という名前だけが、彼女の印象とは真逆で、否定的な響きなのが、瀬崎には笑えるのだった。
こうして、二人は「二度」出逢ったのだった。