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第15話 秘境ツーリング(後編)

 翌朝。


 僕のスマホに、朝の7時からショートメッセージが入った。それを契機に目覚めることになったのだが。


 彼女からだった。


―瀬崎くん。起きた? 起きたらすぐに準備して。8時までには出発するからね―


 相変わらず、唐突というか、強引というか、走りに貪欲な彼女からの「指令」だった。


 仕方がないので、僕は慌ててシャワーを浴び、身支度を整える。


 劉さんは、僕がシャワーから帰ってきたら、起きてきたが、急ぎ出発することを伝えると、名残惜しそうに、別れの挨拶と旅の無事を祈っている、と言ってきた。


 そして、

「台湾に来ることがあったら、ここに連絡して下さい」

 そう言って、メールアドレスと電話番号が書かれた紙片を渡されていた。


「ありがとうございます」

 およそそんなことはまずないだろう、と思いつつも受け取って、僕は出立する。


 すでに宿の前では、いつの間にか完璧な準備を整えて、バイクにまたがっている、袋小路さんが手持ち無沙汰気味に待っていた。


(どんだけバイク好きなんだよ)

 と、僕が思わず笑いたくなるくらい、今日の彼女はいつも以上に気合いが入っているように見えた。


 結局、劉さんほか、宿の人たちにも見送られて出発。


 静岡市から、その日は高速道路を使った。


 と言っても、新東名高速道路の新静岡インターチェンジから、浜松市にある浜松浜北インターチェンジまでだったので、距離的には短かったが。


 そこを降りて、事前に打ち合わせていたように、ガソリンスタンドで給油。その理由を彼女に聞くと、


「これから先、しばらくガソリンスタンドなんてないから」

 だった。


 その時点で、すでに僕は内心、嫌な予感がしていた。


 そして、その予感は的中した。


 天竜川を渡り、国道152号を北上。すでにこの辺りから、交通量が減ってくるし、その日は月曜日だったので、途中まで通勤と思われる車列が見えたが、それもなくなってきた。


 やがて、彼女は唐突に右折し、再び天竜川に架かる、赤い大きな橋を渡った。


 その先が、いわゆる「天竜スーパー林道」だった。

 もっとも、この「林道」は僕が想像していたのとはだいぶ違っていた。


(走りやすい)

 道幅が広く、余裕で2車線分はあった。それどころか、カーブミラーまでついていたし、ガードレールがある箇所もあった。下手な国道より、国道らしいと言えるくらいに広い道幅が特徴的な道だった。


 中央線はほとんどないが、これだけの幅があれば、安心感があるし、対向車が来ても、道を譲る必要すらない。


 道の両側には、丈の高い杉や松の木が、延々と生えており、真夏の暑さを感じさせないくらいの、マイナスイオン一杯の空間が広がっていた。


 その「スーパー林道」を1時間近くも走っただろうか。


 大きな駐車場にバイクを停め、近くにあった東屋に向かう袋小路さん。ついて行くと、やはりと言うべきか、彼女はバーナーとステンレスのカップを取り出した。


 コーヒータイムだった。


 その慣れた手つきのドリップコーヒーを注いでもらって、飲みながら彼女に話しかけてみた。


「この林道、随分走りやすいですね」

 と。


「ああ。ここは天竜スーパー林道。ただでさえスーパー林道だし、ここは全線舗装路林道だから」


「ダートばかり走る袋小路さんには物足りないのでは?」

 と、いつものような、過酷なダートを走らない彼女に問いかけてみると、僕には少しだけ意外な回答が返ってきた。


「そんなことないよ。私は別にダートだけが好きなわけじゃないんだ。いわゆる酷道こくどうも好きでね」


「酷い道の方の国道ですか?」


「そう。この先には日本でも有数の酷道が待っている」


 それが、この先の不安をき立てる、合図になった。


 結局、そこでは朝のコーヒーだけを飲み、出発。

 この天竜スーパー林道は、全線走破すると長さが約53キロ。ゆっくり走ったら2時間近くはかかる。だが、袋小路さんが言ったように、ここは「スーパー林道」。それは、かつて日本で作られていた高規格林道のことを指すそうで、正式名称は、特定森林地域開発林道と言うそうだ。


 早い話が、元々、森林開発公団が林業振興を目的に、未開発の森林地帯に高規格林道の建設をした物らしく、観光客や登山客の誘致などの目的もあったそうで、幅員も広く、普通の林道よりはるかに走りやすい。


 そう。この時点では、僕が見る限り、彼女に「異変」は特に見当たらなかったのだ。


 しかし、その後。


 どんどん山の中に分け入り、ほとんどスマホの地図アプリの電波が届かないような山奥の道をひた走る。しかも道の駅も自販機も、もちろんコンビニすらも、それ以前に人家すらない、完全に山の中。


 彼女は全然停まろうともせず、休憩もロクに取らず、ひたすら走る、まさに修行のような旅だった。


 幸い、天気だけは曇りだったが、雨が降る気配がなかったのだけはよかった。


 ところが。


 天竜スーパー林道は、水窪みさくぼダムというところで、ひとまず終点を迎えた。その後、国道152号に出たのだが。


 これがまあ、一言で言うと、

(しかし、ひでえ道だな)

 という状態。


 仮にも国道を名乗るなら、もう少しまともな道を想像する物だが、場所によっては、カーブミラーもない、片側1車線もないような、狭い道ばかり。


 交通量は少ないが、いきなり対向車が来ると、バイクでも緊張してしまう。


 当然、路面はほとんど凸凹でこぼこで、整備が追い付いていないのか、ひび割れていたり、一部の路肩が崩壊していたし、道路上に大きな石が転がっていることもあった。


 緊張を有する道で、油断をすると、石にタイヤを取られて転倒しかねない。


 そんな中、彼女のVストローム250SXは、すいすいと進んで行くが。


 その後ろ姿を見て、僕は改めて彼女の走りで、いくつか気になる点があることに気づいてしまった。


 それは、西部さんが「過信」と言ったことにもつながっているように思えたのだが。


 まずスピードが速い。カーブに侵入する速度がたまに速すぎて、外に膨らんでいることがあったり、路面状況に気づかず、石ころにタイヤが当たって、一瞬フラついたこともあった。


 以前、彼女の走りを見た時は、そんなことはなかったので、それが彼女の油断から来る物か、それとも何かに焦っているのか、単にテンションが上がって周りが見えていないのか、までは僕にはわからなかった。


 ただ、結論から言うと、この日、彼女は一度も転倒しなかったし、もちろん事故を起こすこともなかった。


 諏訪湖に着いた頃には、すっかり夜になっており、晩飯を諏訪湖サービスエリアで食べた後、僕たちは、夜の中央高速道路を走って、八王子インターチェンジで降りて、深夜には無事に帰宅したのだが。


(どこかおかしかったような)

 そんないつもとは違うような、不思議な違和感を僕は感じたのだ。


 つまり、事故は起こらなかったが、事故につながるような兆候があったかもしれない、という漠然とした物だったが。


(仕方がない。連絡するか)

 帰宅後、翌日を待って、僕は西部さんに結果報告のLIMEのメッセージを送った。

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