第14話 秘境ツーリング(前編)
初めに言っておこう。
別れ際、僕は西部さんから、
「帰ってきたら、結果を報告すること」
と、念を押されていた。
つまり、袋小路さんの走り、また安全に運転出来ているかについて、だ。
(まるで親みたい。過保護だ)
と、一瞬、思ったが、それはそれだけ彼女が親友を思っていることの裏返しだろうと思い、頷いた。
そして、いざ出発となったのだが。
これもまた、意外なと言うか、拍子抜けするくらいに、あっけなかった。
一応、距離的な物があるから、当然、高速道路を使うだろう、と僕は思っていたが。
何を思ったのか、袋小路さんは、
「全部、下道で静岡まで行く」
と言い出し、有無を言わさず、僕はそれに付き合わされた。
彼女は、元々、バイクでの走りに関しては、自らの信条を決して破らない頑固な部分がある。
結果的に、八王子から国道20号、通称「甲州街道」を走り、山梨県に入って、どこを走ったのかもわからない間に、いつの間にか国道52号に入り、いつしか静岡県へ。
ただ、僕はあまり休憩も取らずに突っ走る、ある意味、筋金入りの「バイクバカ」な彼女に、振り回されており、静岡県に入る頃には、疲労困憊の状態だった。
(腹が減った。眠い。とりあえず早く宿に行きたい)
と、色気も何もない、むしろ道中は過酷なデスロードと化していた。
その意味では、僕はまだまだ袋小路さんのバイクライフ、というよりバイクに賭ける情熱を甘く見ていたのかもしれない。
結局、夕方になって、ようやく静岡市街地に入るが。
その日の宿というのが、また意外というより、僕の淡い期待を見事に裏切る物だった。
古民家のような、瓦屋根の古い日本家屋の家の前にバイクを停めた彼女。
「ここだよ」
見上げて、指を向けた先には、
―Guest House―
の文字が翻っていた。
「ゲストハウス?」
聞いたことがないフレーズに僕がオウム返しに問うと、彼女は素っ気ない感じで、答えた。
「知らないの? 海外じゃ当たり前のようにある、ドミトリーの安宿のこと。私たちは学生だから、宿代はケチらないと」
と言って、さっさと建物の中に入ってしまう。
しかも、そこで受付していると、すでにいる先客の様子が窺えるのだが、客層は外国人が多かった。
褐色の肌を持つアジア系、日本人とあまり見分けがつかない中国・韓国系、そして白人などの欧米系。
そこには様々な人種がいて、英語が飛び交っていた。
(えらいところに来てしまった)
という思いが僕にはあった。
何しろ、英語には自信がない。
さらに言うと、僕は全然知らなかったが、ドミトリーというのは、二段式のベッドの部屋のことが多いらしく、ここも一部屋に2段ベッドが二組。つまり4人で一部屋の相部屋だった。
おまけに、ここのゲストハウスでは、明確に男女を分けていた。
中には、男女を同じ部屋にするというゲストハウスもあるらしいが、一応、何か問題があったら困るので、分けていることが多いそうだ。
つまり、僕が密かに期待した淡い恋心は、あっさりと打ち砕かれていた。
(まあ、別に付き合ってるわけじゃないしな)
と、仕方がないから納得しつつも、部屋に入ると。
英語が飛び交っていた。
見ると、欧米系の白人が2人。アジア系の中国系か韓国系の男が一人。皆、流暢な英語を話していた。
仕方がないから、とりあえず下手な英語で挨拶だけ交わす。
一気に、流暢な英語が返ってくるかと思いきや。
「こんにちは。日本の方ですか?」
アジア系と思われる男が声をかけてきた。年の頃は20台前半くらい。短く刈った頭髪が特徴的で、細身の男だったが、特徴的なのは、その流暢な日本語だった。
「そうです」
「はじめまして。僕は劉。劉家豪。台湾から来ました」
笑顔を見せてきた。
そして、この「劉」さんとの出逢いが、後々響いてくるのだが、それはまた別の話になる。
とりあえず、彼に根掘り葉掘り聞かれたのが、袋小路さんとの関係。
「綺麗な人ですね。恋人ですか?」
と、色々と突っ込まれていた。
聞くと、この劉さんは、台湾の大学の日本語学科に通う学生で、日本語の勉強をかなりやっているらしく、それで日本語も話せるらしい。
それどころか、母国語の台湾華語(中国語)、それに加えて英語もほとんど話せる。
この辺りが、英語すらままならない日本人とは違うところだった。
その日、袋小路さんとはもちろん、部屋が別々で全然会話が出来なかったが、この劉さんとは色々と話すことが出来た。
彼は、台湾の大学の夏休みを使って、来日しており、自転車で富士山の周辺を走り回っているらしい。
最近、オーバーツーリズム気味で、日本には様々な、それこそマナーの悪い外国人も多く来ているが、彼に関して言えば、礼儀正しく、心優しい青年に見えた。
(某大陸の人たちとは違う)
と、僕は口には出さなかったが、そう思うのだった。
後で、気になって就寝前に少しスマホで調べてみてわかったが、台湾人と中国人は同じ漢民族のはずだが、そもそも全然別の人種のように違うらしい。
台湾人は、どちらかと言うと、日本人に近い性質を持つ。それに対し、本土の中国人は全く性質が違うため、台湾人自身が、
「俺たちは中国人とは違う。台湾人だ」
という誇りを持っているらしいのだ。
(いつか台湾にも行ってみたい)
という、漠然とした気持ちが、僕の中で芽生えた瞬間だった。
ともかく、その日の夜は、この劉さんを交え、結局、同室の欧米人とも酒を酌み交わして、就寝。
(たまにはこうした、一期一会の旅の出逢いもいいものだ)
と、僕は漠然と思うのだった。




