第13話 西部の心配
世間で言うところの、お盆休みが終わるも、学生の身分の僕たちには、まだ夏休みは続く。
そんな中、御荷鉾スーパー林道に行った時は、どこか素っ気ない態度だった、彼女から、僕に、心躍るようなショートメッセージが届いたことがきっかけだった。
―8月末に、静岡県から長野県に1泊2日で行くけど、来る?―
なんと、それは「泊りがけ」のロングツーリングの誘いだった。
これまでの経緯から、僕は少しずつだが、確実に袋小路さんに惹かれていたから、有頂天になって、即、
―行きます!―
と、喜び勇んで返信していた。
彼女からは、
―わかった。日程については、追って連絡する―
どこか業務的にも感じられるような反応が返ってきた。
そして、彼女からの日程調整の連絡を待つ間、僕は自分のバイクの簡単な整備をしつつ、その来たるべき時を、ひたすら楽しみにしながら待つこととなった。
内心では、
(袋小路さんと1泊2日の泊りがけツーリング。これは、もう恋人確定か。付き合っちゃうか、一線越えちゃうか)
と、僕は浮かれていた。
もっとも、思春期から青年期に入るこの年代では、当然の反応でもあったが。
そんな僕の心に、水を差すような、不穏なメッセージが届いたのは、それから数日後のことだった。
―ちょい話があるんだけど―
LIMEから、いつものような態度と違う、緊張したような面持ちのメッセージが西部さんから届いたのだ。
―いいですけど、何ですか?―
―ここじゃ、ちょっと。前に行った、八王子の喫茶店、覚えてる?―
―はい―
―んじゃ、今からそこに来て―
―えっ。今から?―
―そう。何、忙しいの?―
―いえ、別に―
―んじゃ、よろしく~―
相変わらず、唐突にして強引。僕は渋々ながらも、その日の午後、京王八王子駅に向かうのだった。
しかもその日は、運悪く午後から雨予報。
真夏の雨というのは、近年、強烈なゲリラ豪雨が多い。
そんな不穏な空と合わせるかのような象徴的な出来事がこの後、待っていた。
結局、傘を差しながらも、全身が濡れるようなゲリラ豪雨に逢い、僕は何とかその喫茶店にたどり着いた。
この悪天候のため、人気がない窓際の席に、小さな影があった。西部さんだ。彼女は小さな体を投げ出すようにして両足を伸ばし、退屈そうに雨の風景を見つめながら、コーヒーを飲んでいた。
僕は、その姿を見て、カウンターで同じようにコーヒーを注文し、
「お待たせしました」
彼女に挨拶をして、席に着いた。
「ああ、お疲れ。しっかし、すげえ雨だなあ」
「ですね」
などと、挨拶を交わしながらも、僕は彼女の意図を探ろうとする。
「で、何ですか?」
「亜里沙から聞いたよ。静岡県と長野県に行くんだって?」
「ええ、まあ」
彼女と袋小路さんは、ある意味、親友関係だ。そのことが漏れても別に不思議ではない。もっとも、袋小路さんが西部さんにわざわざそのことを明かしたのは、僕には少し意外だったが。
西部さんは、それを聞くと、いつも明るい彼女には珍しく、小さく溜め息を突いたのだ。
「心配だなあ」
「心配?」
「亜里沙がだよ。あの子は、自分の運転を過信してる。いずれ大きな事故に遭うかもしれない」
「そんなことないですって。彼女はバイクの運転が上手いです。しかも、父親は有名な冒険家ですよ。万が一にもないですって」
僕は、思わず反論していたが、彼女の見解は違っていた。
「だからこそ、だよ」
「えっ」
「車でもバイクでもそうだけど、過信してる時が一番危ない。特にバイクは危険だからな」
「西部さん」
「ん?」
「経験でもあるんですか?」
「いや、別に。ただ、私はバイクは乗らないけど、車の免許は持ってるし、運転もしてるから、なんとなくわかる」
「マジですか。その身長で? 対向車の人、『子供が運転してる』ってビックリしません?」
「君。私に喧嘩売ってるのか?」
さすがにからかいすぎたのか、彼女が眉間に皺を寄せて、不機嫌になり始めたので、僕は軽く謝りつつも、
「まあ、僕が見ておきますよ。何かあったら真っ先に彼女を助けます」
「もう王子様気取りか。まあ、せいぜい気をつけてな。あまり無茶な道を走るようなら、君が止めるんだ」
「はいはい、わかりました」
「テキトーな返事だな、おい」
彼女自身、親友でもある袋小路さんのことが心配なのは、わかったので、一応、そう返していたが、僕自身は、袋小路さんに限って、そんなことはないだろう、と思っていた。
そして、その後、西部さんと別れて、帰宅途中に彼女からメッセージが来た。
それは、8月末の日曜日に出発。静岡市で一泊してから、翌日浜松市から北上。天竜スーパー林道を通り、国道152号を北上し、長野県の諏訪湖に抜けて、最後は中央道で帰るというプランだった。
(泊りがけか。何が起こるんだろう)
僕は、宿の場所すら聞かずに、ただ浮かれていたのだが。
そして、出発の朝を迎える。




