冥王ハデスと話して幸せになった王様
武 頼庵(藤谷 K介)様主催の、『冬の星座の物語 企画』参加作品です。冬ではなく春の星座、乙女座の神話を元にしました。
大陸の端の方に、小さな国がありました。その国の王様は深く深く嘆き哀しんでしました。なぜなら、とても愛していた王妃様を病で亡くしてしまっていたからです。
そんなある日、王様は声を聞きました。それは威厳があり、地の底から聞こえて来るような重厚な声でした。
『我は冥界の王』
驚いた王様は部屋を見渡しました。しかし、誰もいません。
再び声が聞こえてきます。
『妻と再び会いたいか? 』
妻と会える?
王様はその言葉に答えました。
『ぜひ! 彼女の声を再び聴けるなら、我が身は業火に焼かれても悔いはありません。妻と再び会えるのなら、私は地獄にも行きます。だからどうか……』
王様は声を詰まらせ泣きながら訴えました。
しかし、声の持ち主である冥界の王は言いました。
『それには及ばない。なぜなら、お前の妻は冥界にいないからだ』
王様はビックリしました。
『お前が嘆き哀しむのを見て、天界にも冥界にも行かず、お前の周囲を漂っている。会話を出来るようにするだけなら容易い』
王様は喜びました。もう二度と会えないと思っていた彼女と、話せる望みが出来たからです。しかし、冥界の王は言いました。
『但し、死者がこの世に留まるには苦しみが伴う。例えるなら、極寒の地で寒さに震えるようなもの。彼女の苦しみは、お前が天寿を全うし一緒に死者の国に行けるまで続く。それでも良いか? 』
王様は硬直してしまいました。
自分の嘆きが、最愛の妻を苦しめていたこと。
自分の望みは、そんな彼女をさらに苦しめるのです。
王様は悩みました。しかし、それほど長い時間ではありませんでした。
「……彼女に安らかな眠りを……」
冥界の王は頷きました。
『良かろう。お前の妻に天の国へ行く道を案内しよう。ただし、お前がこの先も嘆くようなら、お前の妻は再び地上に降りてくるであろう。そして苦しむだろう。決して忘れるな』
王様は、冥界の王に答えました。
「わかりました。私は彼女の為に、愛する人のいない世界で幸せになります。大切な事に気づかせて下さり、ありがとうございます」
冥界の王は、少し寂しげに言いました。
『お前は愛する者の幸せの為なら、別れを選ぶことが出来るのだな。強いお前は、きっと良い王になるだろう』
冥界の王の声は、何かを悔いているような響きがありました。
『さらばだ』
その声を最後に、冥界の王の声は聞こえなくなりました。
王様は王妃様が亡くなってから、久しぶりに部屋の外に出ました。
従者や侍女たちが、王様を見るなり駆け寄ってきました。
心配そうに、王様を見ています。
「妻が亡くした私を案じて、こんなに沢山の者たちが気遣ってくれる。私は本当に幸せだ」
王様はまだ自分の事を幸せだと言うのは躊躇いがありました。しかし己が幸せにならなければ、最愛の人はずっと安らげない。
幸せだと、自分に言い聞かせました。
その後、王様はとても良い君主になりました。
部下には事あるごとに言いました。
「国のために仕事を頑張ってくれて私は幸せだ」
隣国との交渉の時は、相手国の大使に感謝を表しました。
「我が国と交流してくださり、本当に幸せです」
視察の時も、周囲に告げました。
「民が平和に暮らせている。大陸中探しても、私ほど幸せな王はいないだろう」
そんな王様が、とうとうこの世を去るときが来ました。
国内だけでなく、諸外国からも沢山の弔問客が来ました。貴族だけでなく、田舎からも民が大勢訪れ、王様の死を悼み涙を流しました。
しかし柩の中の年老いた王様だけは、とても幸せそうな笑顔でした。
きっと最愛の王妃様が、彼を迎えに来てくれたのだと皆が言い伝えました。
葬儀が終わるころにはすっかり日も暮れ、満天の星が空を覆っていました。南に青白い連星が、一等美しく輝いていました。
乙女座の神話
乙女座はデメネルという農業の女神の姿とされています。彼女にはペルセポネという美しい娘がいました。
ある日、ペルセポネは死者の国に攫われました。美しい娘に恋をした、冥王ハデス神の仕業でした。
母である女神デメネルは悲しみ、洞窟にこもってしまいました。そのため世界中の植物が枯れ、荒れ果てた大地が広がりました。
大神ゼウスは冥王ハデスに、ペルセポネを地上に返すように命じました。
しかし、冥王ハデスは策を講じ一年のうちの4ヶ月は彼女を死者の国に連れて来れるようにしました。
この4カ月、女神デメネルは悲しみのために洞窟にこもるため、地上に冬が訪れるようになったと伝えられています。
星座のお話を考えていたら、綺麗な童話が書きたくなり創作しました。
星空、見ていると本当に気持ちが良いです。(*^▽^*)