04.それぞれの抱く想い
「ええ。猫耳___ですの。されたのよ……べルネス協会に」
またべルネス協会という言葉を耳にする。
私はその後、目を赤く腫らした彼女の話を聞くや否や怒りが込み上げてきたのだった。
ある日学校にて、体調が優れなくなった海音は保健室へ行ったという。
しかしそこで貰った風邪薬はかえって海音の体調を悪化させた。
夢未来病院へ緊急入院した際は全身が火照り、頭がズキズキと痛んだ。
次の日、元気になった海音は何の気なく鏡を見ると、自分の頭部に猫のそれが生えていた。
あり得ないと動揺する海音。
その後、病室にやってきたのは外交大臣の父親と病院の医者に、研究所の所長を名乗る金髪の外国人だった。
彼女の父親は言った。
獣のような醜い人間の成り損ないが雷同の名を名乗るな。気持ち悪いと。
父親は猫耳の生えた娘を醜いと吐き捨て、手放した。
絶望する彼女に医者は優しく話しかけてきた。
架界から来たこの方に身を委ねなさい。貴女の父上は獣の耳が生えた貴女を忌み嫌っている。家に戻りたいなら研究所に身を置けば、原因を特定し、治して貰える。
続けて研究所の所長がある契約書にサインするようにと分厚い紙と羽ペンを渡してきた。
その契約書にはべルネス協会の文字が記されていたが無論、当時の彼女には分かりもしないことだった。
言われるがままに名前を書く海音。
しかし最後の一角を書こうとインクを置いた途端、彼女はある波動を感じ取った。
良くも悪くも感じ取ってしまったのだ。
それは男から感じる強い魔力の波動。
そしてその波動は契約書の裏面に薄く刻まれた魔法陣を電気の回路のように通り、雷同海音のサインを侵食していた。
魔力が多く、彗星保有者の彼女故に見えてしまった異端な能力、言い換えれば副作用のようなものだと彼女はそう説明した。
不安にも男を見上げる海音は、隣の医者の額にある紋様が浮かんでいたのが見えてしまった。
それも恐らく彗星保有者しか見れない、魔法と密接しているから超能力のように感じ取ったとのことだ。
その紋様は紛れもない『洗脳魔法』だった。
洗脳は人間の脳に強い魔力の波動を送り込むことで発動する精神攻撃の一種だ。
脳に魔力を送り込むこと事態非常に危険で、授業でも一般人は禁止の魔法として熟知していた禁忌の魔法を男は海音にかけようとしていた。
そう、医者は彼に洗脳され、海音もまさに男の言いなりに、研究対象として、危うく協会の発展の材料としても、親に見放され精神が脆くなった彼女は支配されかけたのだ。
「嫌だ」
そう思った彼女は紙を破り捨て、男を振り払い、無造作に扉を開けて逃げた。
行き場もないのにただひたすら走った。
それも悲鳴を上げて。
「その時は混乱していて、今思うと逃げきれる訳もなくそのまま呆気なく捕まって終わりでしたの。他の医者も皆洗脳済みで絶体絶命の状態でしたの。でも奇跡は起きた。当時べルネス協会の男を追っていたリーニアが私を庇い、魔法で奴らの目を眩ませたのよ」
「リーニアが!?でも一体どうして病院に?」
「彼女も彗星持ちだから怪しい波動を感じ取った。あれは禁忌の魔法だから見逃す訳にもいかなかったですの。実はリーニアは表の姿はべルネス王国の法律家、裏でリトのメイドをしているから犯罪組織の協会ということでも大きい獲物なのよ。私はリーニアととある空地に身を潜めた。それはリトが夢未来の偵察のための仮拠点だったですの。彼が豪商の息子として装っていた際の家。だからリトと私は知り合えた。リトとリーニアが帰れなくなった私に住む場所を貸し、私が二人に協力する関係になったのですの。勿論千鶴の身も案じていましたわ。そして今日の午前、三人で地下室へあの紙に書かれた場所へ下見として学校へ忍び込んだ。千鶴の一件もリトから聞いて、私としてはそっちが本題だったわ。そこであのクソ担任を吹き飛ばし、千鶴を助け出せたですの。長くなってごめんなさいね。では私はこれで……」
「待って!」
いそいそとドアノブに手を掛ける海音を静止し、私は彼女の華奢な体に名一杯抱き付いた。
「ちょっ、千鶴!?」
「ありがとう。打ち明けてくれて。そして私を助けてくれて。覚えてる?私達が出会って日のこと。内気だった私は話しかけられたその時から親友の海音がずっと好きだった。海音が私を嫌ってもこの気持ちは変わらない。だから海音に何かがあったら私が身代わりとして死んでも助けるから。だからさ、また何かあったら遠慮せずに打ち明けてね」
魔法の実践で知り合った一年前。
エリートで非常にプライド高くクラスカースト最下位の私に興味すら示していなかった筈なのに。
同じ雷属性の適応があって、彗星持ちの海音の方が私の何倍も活躍していた。なのに気づけば一方的にライバル視されて、気づけば私の方も彼女ばかり意識していた。
険悪なムードだったのに、互いのことが知りたくて、話しかけられて、話しかけて、遊んで、勉強して、誰もが嫉妬するような仲良しコンビになっていた。
偶然ばかりが集まった最高の出来事だ。
「……ええ。勿論ですの!」
満面の笑みを浮かべた彼女に私の方が目から涙を溢していたのだった。
「失礼するよ」
「失礼します」
重厚な扉を開けたのは少年と少女。
容姿はよく似ていて、異なる点としては玉座の前で堂々と仁王立ちする少女と声を震わせて怯える少年の言動、立ち姿だろうか。
それはまるで双子同然。
しかし二人は双子ではなく、正体はゼッタの能力で作られたホムンクルス、所謂人造人間だ。
スリズケール地区には現在リトとリーニア、ゼッタに千鶴と海音の五人しか人間はいない。
それ以外の街の加治屋や護衛騎士、雑用のメイドや食べ物屋、さらには日本へ偵察に来たスパイ含め皆人工知能を兼ね備えた人造人間で、外部の人間を信用しない神経質なリトならではの護衛方法だ。
彼らの首筋には05、06の識別番号、少女の腕輪には赤い炎属性を示す魔石が、少年の腕輪には緑色の風属性を示す魔石が埋め込まれていた。
「よく来たね。イツキ、ムツハ。早速だが二人に頼みたいことがある」
「おうよ、国王様のためなら何だってやるぜ。勿論報酬は多めに宜しく」
「イツキ、人造人間の僕らに報酬なんて貰える訳ないよ……」
「なあに、ただの冗談さ。通じないお子ちゃまには少々早かったみたいだな。あっはっは!」
「むぅ……!酷いよいつもイツキは冷やかしばっかりして!」
「静かにしろ。リト様の御前だ!」
ゼッタが怒鳴ると、二人共背筋をピンと張り直し、「「申し訳ありません!」」と叫びに等しい謝罪をしたのだった。
「いいや、構わないさ。寧ろ同じ型番の君たちが各々の人らしい個性を出してくれて嬉しい限りだ。とはいえ、切り替えも大事。では、本題に入りたいがいいかな?」
「「はいっ」」
息ぴったりの二人にリトは坦々と話した。
「実は僕の友達が今日からこの街に訳あって住むことになってね。それで、皆も分かる通り三ヶ月後の来たる日までにある程度鍛えておきたいんだ。そこで戦闘用に生み出された二人に稽古をしてほしい。守備専門のイツキと攻撃に特化したムツハなら容易いことだろう」
「御安い御用……ですが、その二人の特性や使用する武器、魔法属性も熟知しておかないとこっちも対応はできないのでね」
長机の前に座ったリトが頬杖をつき、考え込む。
「そうだね。今紙にまとめよう。これを見て判断してくれ」
すらすらと筆を進め、大して時間が経つことなく二人に手渡しした。
「これは……!」
「なんと……!」
二人が目を見開く。
「手間をかけさせてすまないね。取り敢えず、朝九時ごろヴァリタリス訓練場で集合ということで頼んだよ」
しばらく二人と会話を交わし、再びリトの書斎にリーニアとゼッタの三人になった。
「リーニア」
リトが彼女の名を呟く。
「明日は千鶴さんに全面的なサポートを宜しく」
「畏まりました」
リーニアがお辞儀をした。
「リト様」
「何だい、じいや」
「失礼ではありますが、雷同様の方も気にかけるべきかと」
確かにリトは今まで千鶴ばかり意識をし、手助けし、リト自身も頭の中では常に千鶴優先だった。
正直言って彼女のことは___
「そうだね。いざというときは気にかけよう。彗星持ちはできるだけ失いたくないからね」
言葉こそ出さなかったものの、ゼッタは皮肉気に溜め息を吐く。
「ふふ……伝わっているさ。ただあらゆる決定権は僕だから、ね」
(○○○○……)
僕は全てを知っている。
君にしたこと、してしまったこと。
僕らのせいで君の人生を狂わせてしまったこと。
君がそれを忘れても僕は絶対に忘れない。
絶対に。
何があっても君を守ってみせる。
あいつらの陰謀を止めてみせる。
僕らが存在したことによって始まった汚い大人達によるこの醜い物語を終わらせに行こう。
リトは服の下に隠したネックレス型のオパールのような輝きを放つ星屑を取り出し、意味もなく見つめていたのだった。
お待たせしました。
やっっっとファンタジー要素増えていきます。
プロローグのような前提が長過ぎましたね...(汗