03.話し合い
私はしばらく頭が真っ白になり、お決まりのような反応をしてしまった。
「えええええええーーーー!?」
「でもちょっと待ちなさいよ」
海音がリトを問い詰める。
「べルネスの国王って三年前に行方不明になっていますの。架界近代歴史の授業で習いましたよね千鶴?」
ごめん、あの授業聞いてなかった。
辻褄を合わせようと程よく相槌を打ったが、流石親友だ。簡単に見抜かれて私の頭に海音のチョップが落ちた。
でも、行方不明が本当ならそれは大問題だ。
架界のことを知らない私でも状況は芳しくないと目に見える。
リトは気まずそうに目を反らしつつも、大雑把に物騒なべルネス王国の内部事情を教えてくれた。
「あはは。それはまあ、継承権のいざこざで危うく命を狙われそうになったから……が妥当かな。でも、僕ら三人で隠れるように住むには最適な環境だよ。スリズケールは夢未来のように人工的に作られた地区で、普通の人には見えないんだよ」
「見えない?」
「そう。周りの人からすれば、この都市は高原にある広大な湖にしか見えない。そしてどんな方法で試しても、湖に入ることさえ出来ないんだ。魔力のバリアによってね。スリズケールに入る条件はただ一つ。それは彗星の保有者、または星屑持ちであることだ」
彗星の保有者というのは、生まれつき非常に高い魔力を持っている魔法使いなどの職に向いている極稀な人のことだ。
私の周りだと、海音がまさに天性の雷属性の彗星保有者である。
星屑持ちとは星屑を身につけた人々の総称だ。
星屑とは、石に魔力を含んだ架界でのみ採集できる特殊な物体のことで、石に含まれる魔力の純度が高い物程高価で高難易度の魔法の詠唱にも代用できる代物だ。
ただ希少価値が高いため、保有者は王族や貴族が大半を占めているという。
高品質の星屑は、宝石以上に透明で煌めいていることから星屑という名が付けられた___と楽しい魔法の授業で習った。
「でも、私は魔力量も常人程度だし、星屑も持ってないよ」
「確かに。てっきりリトが千鶴の制服のポケットに星屑を隠し入れたと思ってたですの」
「千鶴さん、手を前に出して」
言われるがままに彼の前に右手を差し出す。
リトのやわらかい両手が私の右手を包む。
やがて小さな光がふわっと浮かび、手の甲に金属の感覚がした。
見てみると、とても大きな黄色い宝石が埋め込まれた綺麗なペンダントだった。
「これが千鶴さんの星屑だ。直接隠し持ってると先生にバレたらもともこもないからね。僕が魔法を使って失礼ながら体内に隠し入れたのさ」
これが星屑か。
ペンダントを光に透かすと宝石がキラリと煌めいた。
参考書で見たものより大きく、質も良い。
リトが使ったものも含め、魔法というのは授業でならう表面上のものを遥かに上回る面白さ、奥深さがあると改めて知った。
「さて、席に座って本格的に話し合おうか。これからの方針も含め三人で考えよう。失踪事件もとい、家出の方法をね」
家出
その言葉が私の心奥深くまで染み込んだ。
そうだ。学校から退学させられた私に行き場はないんだったと。
「千鶴様にはこちらの部屋を御用意させて頂きました。どうぞごゆっくり」
深々と頭を下げたのは白髪交じりの男性で、リトから「じいや」と親しみ込めて呼ばれていた使用人だ。
「あの、一ついいでしょうか」
「はい、何か?」
「ペンと、メモ帳が欲しいのですが、ありますか」
「ええ。今お持ち致します」
扉の閉まる音がし、ホテルのような個室に私一人となった。
部屋にあるのは机とシングルベッド、広々としたクローゼットと一見簡素な個室だが、引き出しには生活必需品が沢山用意されていて、クローゼットには護身用の武器が隅に隠されている。
明るい部屋から見る街の夜空はロマンチックで非常に気分がよい。
あまりの心地よさに、机の上で頬杖をつき、うとうとしていると、ノックをする音がした。
「こちらでよろしいでしょうか」
「はい。有り難う御座います」
「また何かありましたらこの私ゼッタにお申し付け下さい」
お辞儀したゼッタが戸を閉めた。
流石使用人、手際が早すぎる。
貰ったペンとメモ帳で、三人で話し合ったことを簡潔にまとめた。
まずリトについてだ。
元々豪商の息子を装って学校へ通っていたらしい。
校長や教頭の甘い態度もこのためだろう。
そして、そんな二人と学校関係者にはある疑惑があったという。
それは裏でべルネス協会と密接に手を繋いでいるということだ。
べルネス協会は、王族のとある派閥から派生したといわれる過激派組織で目的を達成するならば手段を選ばない傲慢で荒々しい組織だという。
実際、リトが瓦礫だらけの校長室を漁った際にべルネス協会のサインが記入された切れ端を見つけ、証拠として持ち帰っていた。
どうやらべルネス協会は失踪したリトを武力を使ってでも見つけ出し、側近も皆殺しにする目的を掲げている。
恐らく王位継承権に異論を持った複数人の内の誰かが民衆を意図的に蜂起させ、王となったリトを暗殺させる汚ならしい想像とのことだ。
また、私を退学にした本当の理由としてリトは協会側の思惑があるのではと考察している。
そして何より衝撃的だったことは三日前に今日付けで夢未来から私の名義が除外される不審な届け出が夢未来の市役所に晴虹千鶴名義で提出されていたことだ。
スリズケールに住まいを置くリトの協力者のうち、夢未来に働きに出ている人から情報提供がされたらしい。
そして海音の入院の件も学校側の虚偽だという。
「でも海音は夢未来の研究施設へ入所する証明が出されていた……」
あまりにもおかしい話ばかりが宙を舞っていた。
ただ分かっている事実としてはこれが精一杯で、三人以外に協力関係にあたるのはリーニアとゼッタのみ。
二人はメイドと使用人という役目があるため、表立って動けるのは結局三人だけだ。
そして話の最後にリーニアが言った。
「今我々がすべきことは各々の力を強化して身を守ること。そして少しでも多く魔法学校の、夢未来の裏を暴くのです」
明日からは武器を持っていざというときに備えるための訓練をする。
魔法の訓練も怠らずにだ。
最後にリトが見せてきたのは黒塗りの書類で協会の文字が小さく記されていた。
『7月31日に下記の者を一度魔法学校地下室へと招き……を行う。これは失敗の許されない、全てを掌握するための絶対的な手段である。該当者 晴虹千鶴、雷同海音以上』と。
そう、訓練も話し合いも家出も全てこの日のためだ。
7月31日に全てが明かされる。
だが、残り三ヶ月までに私達はその内容を暴き、協会の目的を失敗させなければならないのだ。
そうリトは言った。
「そんなこと、高校生三人で出来やしない。無謀だ」
私の本音はそうだ。
方法も決まってない計画なんて無謀だと。
でもリトは自身に満ちた瞳で私に言い返した。
「無謀かどうかは分からない。ただやるだけだ。成り行き任せでも死ななければ、三人が五体満足な限り突き進むだけだ」
本当に彼は馬鹿で世間、いや何も知らないのかもしれない。
でもリトの気迫あるこの言葉に当時の私は信頼を抱いた。
抱いてしまった。
こんな子供の抗いが簡単にできる筈がない。
でも、私のこの傷を癒してくれるのは海音、リト、そして復讐。
ある理不尽から始まった私達三人の復讐劇が始まろうとしているのだ。
「本当に思うよ……」
出来事をメモ帳に全てまとめ、引き出しにしまった。
本当に、先も見えないけど、頑張れるかなと。
「千鶴、ちょっといいですの?」
感傷に浸っていると、扉の向こうから海音の声がした。
明らかに声が暗い。
「どうしたの?」
扉を開け、私の個室に入ってきた海音はどこか顔を赤らめていた。
しかし、それは恋心や興奮といったものではなく、今にも泣きそうな顔でベッドの端にちょこりと腰かけたのだった。
「海音?」
「全部話しますの……」
声が震えていた。
突然本格的に泣きじゃくり、気の強い彼女とは別人のように弱々しい声をあげている。
「千鶴はこれを見ても、私を嫌いになりませんの?」
とても重々しい言葉だった。
私は迷いなく首を縦にふる。
どんな時でもどんな容姿でもどんな境遇でも私は海音の親友であると。
「じゃあ……」
彼女は黒いハットに手を伸ばし、それを外してみせた。
「これって……」
「ええ。猫耳___ですの。されたのよ……べルネス協会の奴らに」
海音の頭には可愛らしい、猫の耳そのものが違和感なく生えていたのだった。
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