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02.架界へ家出です

「えいっ」


その瞬間、時が止まったかのように辺りの空気が凍りついたのだった。

一見可愛らしい声と同時に聞こえたのは打撃音。


「グハァ」と擬音を吐き出した二人が吹き飛ぶ。

彼は慣れた手つきで二人の先生の首元をチョップしたのだ。

気を失った校長と教頭はバタリと勢いよく倒れ込む。

突かれた首筋には紫色の痣が浮き出ていた。


白目を向いた二人の顔が足元に飛んできたため、私は思わず甲高い声をあげる。


「……ひゃっ!?」

「何てことを!」


恐らくこれが最初で最後の担任と同じ気持ちになった瞬間だっただろう。

しかし、憎悪の表情を露にした担任の顔は私に向いていた。


「貴女が彼に指示してこのようなことをやらせたのでしょう!?これだから旧団地育ちをこの学校に通わせたくなんかなかったのよ!」

先生は何故私をこんなにも蔑むのだ。

今のは理不尽にも程があるだろう。

それに先生、本来の理由が垣間見えてますよ。


やはり私が旧団地出身の身分だったから不快に思った先生が無理矢理理由をつけて退学させようとしたのだ。

校長まで同調するだなんて正直腹立たしい。

ただ、そんな現を抜かしている暇はなかった。


担任の彼女が懐から取り出したのは杖。

小説で出てくるような魔法を扱う木の杖そのものだった。


「……後に記憶操作も可能よね」


「先生、何を言って……?それに今の屁理屈はさすがに___!」


「黙りなさい!」

先生は一蹴する。

私に向いた杖の先からメラメラとした火の玉が生成される。

魔法の授業で使う武器も護衛用の杖も持っていない。

今度こそ命の終わりだ。


「目には目を、歯には歯を、命には命を、罰を喰らうがいい!」

「いやっ!!」


踞り、咄嗟に頭を抱えた私の背後で轟音の爆発音がした。

飾られていた高貴な像や宝石の全てが吹き飛び、空気中の暑さが増す。

「!!!」

声にならない悲鳴が涙と共に吹き飛んだ。

やがて熱風は消え、ガラスや瓦礫が足元に散らかっているのが目視で確認できた。

感覚もあり、視覚も聴覚も変わらず痛み一つない。

「あれ、死んでない……?」



「全く、馬鹿ねぇ。私があんたを助けなくて親友とは言えないですの。大丈夫?立てる?」



呆然とした私の前に手が差し伸べられる。

その声の主を尋ねる必要はなかった。



「海音!」



独特な口調にふわふわとしたカール、ゲームのエフェクトのような雷の爆撃魔法を使用した跡が全てを物語っていた。

私は海音の雷魔法によって助けられたのだと。


「海音……海音!!」

「体調面で心配かけてごめんなさいね……でも、泣いてる暇もないですの。こっちへ」


海音が私の手を引っ張って、瓦礫が散乱した廊下を共に駆け抜ける。

壁が崩壊した校長室に倒れた担任の痕跡はなかった。

爆風で吹き飛ばされたのだろう。

「二人は先に行っててくれ。後片付けは僕に任せて」

「リト君は!?」

「あいつなら何とか対処できますの」

また僕に任せてと平気な顔をして言っているが、今度こそ対処できるのだろうか甚だ疑問だ。

サイレンが鳴り、大勢の足音が奥から聞こえる。


「見つけたぞ!」

堂々と仁王立ちするリトの前に何十人もの教師が臨戦態勢になっているのが目の端で見えた。


どうか無事であってくれ。


緊張と疲れで息を切らす私はそう心の内で願う。

「飛び下りるわよ!!」

腰に掛かった拳銃を海音は取り出し、突き当たりの非常口の扉へ一発放つ。

弾丸は目にも止まらぬ勢いでドアを突き破り、先生を吹き飛ばしたくらいの爆発音を鳴らした。


扉だけでなく、付近の壁や天井を粉砕したそれは、金色の光を帯びて減速することなく放物線を描いた。

やはり魔力を込めた弾丸というのは威力が飛び抜けている。


「じゃ、行くですのっ、ひゃっほーい!!」


私は、海音の勢いにつられて非常口だった場所から大きくジャンプする。

床から離れ、空中に浮いていた。

真下にはあの、架界に繋がる門が鎮座していた。


「私に捕まって!」


私は海音の細くて白い腕に必死にしがみついて、目も瞑る。

(地面に落ちるっ_____!)

しかし、落下したことによる衝撃や痛みはなかった。

体が急加速して落下するスリル満点の感覚は消え、まるで水中にいるような浮遊感が全身を包んでいる。

「ここは……?」

目を開けると、摩訶不思議な空間が広がっていた。


「門の中ですの。着地する寸前にこのワープ空間に強引に引き入れたですの」

「凄い……浮遊してる……」

それは余りにも非現実的で、幻想的な風景だった。


歪んだ空間の中に一筋の光が差している。

あれが出口だろうか。

光に近づいていくにつれ、恐怖心が私の体を満たしていく。

「う、海音は怖くないの?」

初めて門を潜るのでとても不安な気持ちでいっぱいだ。

「ええ。千鶴も知ってる通り私の父は外交大臣ですの。だから娘の私は付き合いで門を潜ることが多いのですわ」

「流石だ……」

そんな会話をしている内に、海音に違和感を覚えた。


黒くて上品なハットを着用している。

政治家の娘、言い換えれば令嬢が普段と違うアイテムを身に付けていても変とは思わないが、場を繋げるためにも話題として取り上げた。

「帽子、可愛いね。どこで買ったの?」


如何にもありきたりな質問だが、海音の表情が僅かに陰る。

何か失礼だっただろうか。


「こ、これに関しては……また後で話しますの」


「ごめん、何か気にくわないところあった?」

「い、いえ全然!そろそろ出口ですわ。さ、行くわよ!」

ひどく動揺した海音に更なる違和感を覚えたが、これ以上は首を突っ込まないようにした。


お嬢様口調の海音が私の手首を引っ張って光が差す方へと飛び込む。

そうだ、彼女には躊躇というものが存在していないんだったっけ。


「ちょっ、まだ心の準備が……!」


半強制的に私も光に飛び込む。


その瞬間は以外にも単純で、呆気なかった。

気がつくと、そこは広大な大地が広がっていて、崖の下には沢山の照明で明るく、人気で賑わった架界の街を見下ろしていた。

夜のような空の暗さで、夜空には日本からは到底見ることの出来ない星々が煌めいている。


「ここは架界の国の一つ、べルネス王国の都市、スリズケール地区ですの。あの柔らかな灯りが素敵でしょう」

「綺麗……」

その美しすぎるべルネス王国の景色に、私は暫く釘付けになっていた。


「でもどうしてここに?」

「リトがここに逃げ込むようにと指示したんですの。ここスリズケールはリトが許した特定の人しか入れない。身を隠すには最適な場所ですの!」

リトが.......?

私がさらに疑問を重ねようとした瞬間、声がした。



「綺麗と仰って下さり、誠に有難う御座います。千鶴様」

 


突然背後から海音とは異なる、可愛らしい鈴の音ような声がした。


振り返ると門から見知らぬ少女がニュッと身を乗り出していた。

服装からして架界の人だろう。

思わず私は警戒心いっぱいの声で「誰!?」と叫ぶ。

心臓の鼓動がはち切れんばかりに響いていた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫ですの。この方は頼もしい味方ですわ」

海音が現れた少女の肩にぽんと手を置く。

銀髪の小柄な少女が嬉しそうに微笑んだ。



「申し遅れました。リト様直属の配下、べルネス王国スリズケール地区直轄のメイドのリーニアです。リト様からの御命令で参りました」



「め、メイド……!リト君ってそんなに凄い人だったんだ」

「ええ。夢未来の現状を見るため、夢未来の魔法学校に豪商の息子という形式で通われていただけで、架界では相当な身分のお方ですよ。それと、リト様は御無事ですのでご安心を」

次元が違いすぎて意外とすんなり事柄を受け入れられた自分がいた。

海音にとってはメイドや召し使いなど当たり前だろうが、私にとっては家族に手伝いをする人がいるだなんて想像もつかなかった。

というか、架界出身であることさえも驚きだ。


しかし、華奢な体でもスラリとした背筋、丁寧な言葉遣いはまさにメイドそのものだ。

でも、どうして私の名前を知っているのだろうか。

「あの、どうして私の名前を?」

「はい、千鶴様の身に何が起きているかリト様からお聞きしました。私達スリズケールの者達が全力でお二人をお守り致します。どうぞこちらへ」

成る程、リトから事の転末を聞いていたのか。

そして同時に把握するメイド、凄すぎる。


いや待て。

私の中で何かを感知した。

「どうして全力で守られなきゃいけないの……?」

単純な疑問だったが、どうやら愚問だったらしい。

リーニアは鳩が豆鉄砲を顔に食らったかのように瞳をぱちぱちとさせ、海音に至っては呆れた表情そのものを露にしていた。

「あんたねぇ……本当に何も分かってないんだから。私達が架界に来るまでの事柄を思い出してみなさい」

彼女に言われた通り、私は脳内で今日起きた出来事を並べた。


朝に先生から旧団地出身とクラスメートの前で暴露され、それから理不尽にも落第の章を貰って帰りに校長室へ。そこからリトが校長と教頭の首をチョップし、また私に濡れ衣を着せて魔法で殺そうとした担任をどっかから出てきた海音が一掃。それからリトが囮になってる間に校舎から飛び降りて門で架界に。そしてリーニアと会って今に至ると。


「えっ、相当不味い事態では?」

「だーかーら!ですの。ここまで事をでかくしてしまっては遠くに逃亡して身を隠すしか手段はないですの。何なら門に門番がいないことも気づいて無いのでしょう?」

「ああ!そう言われれば確かに」

日本と架界は全くもって別々の国だ。

だから門の前には空港で見るような取り締まりの人や警官が大勢いる。

滅茶苦茶な展開すぎてパニックになっていた私はそれらに気づくことができなかったのだ。

「私が魔術を使って互いに姿を見えなくしました。さて、ここで話すのも悪くはないですが、安全地帯へ移動しましょう。どうぞこちらへ」

繰り返しリーニアが私達を誘導した。

彼女によって小さな門、新たなワープ空間が開かれ、指示に従って入る。


今度は所要時間を要することなく目的地に着いたのだった。

「ここはリト様の邸宅であり、今日から御二人の住居にもなります。気を使うことは御座いませんので、御用がありましたら何なりと私どもにお申し付け下さい」

成る程。

私と海音は日本の人々から逃げるために家出状態にあるのか。

そしてこの城同然のリトの家にお世話になると。

始めに目に入ったのは輝く豪華なシャンデリア。

そこを中心にホテルのような大きな広間があって、十脚の椅子が円卓を囲っていた。

窓の外の景色は先程見ていた街のように明るく、幻想的である。

正直のところ、彼の家は海音の豪邸以上の規模ではないだろうか。


「リト君?」


壁のような透明で広い窓の前でリトが佇んでいた。

メイドに城のような豪華な架界の繁華街にある家、間違いなく彼はただ者ではない。

ただ、彼の格好は夢未来の制服ではなく、緻密に作られた高級な、まるで西洋の貴族が着用するような格好いい正装になっていた。

容姿もどこか異なっていて、重い黒髪はアシンメトリーで藍色の髪に、メガネも外して星屑のようにキラキラと輝く白銀の瞳がこちらを覗いている。

世間知らずの普段のリトとは大違いで、くるりと振り返り、私と海音に向けて丁寧にお辞儀をしたのだった。



「べルネス王国スリズケールへようこそ。私はこの国の王でありスリズケールの領主のリト·トワレス·べルネス。今日から二人の身は私が御守りしよう」



私はしばらく頭が真っ白になり、お決まりのような反応をしてしまった。

「えええええええーーーー!?」

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